コマンド

「シカダイ、風呂に入りな」
「あとで入る。今、良いとこだから」
 母ちゃんの命令を適当にかわし、ゲーム画面からは目を離さない。
 シカダイ、たたかう、モンスター。
 ザクッと刀が敵を斬るエフェクトが入ると、画面の中の巨人は消えてしまう。そして、チャララーンと軽い音がすれば戦闘は終了。お目当ての経験値がざくざく入ってくる。
「またそうやってゲームしてると、居間で寝るよ。風邪をひいても、母ちゃん知らないからな」
「ウィース」
 緑色のフィールドをくるくると回って、また新しいモンスターとエンカウントをする。そうやって、レベル上げを繰り返していた。
 区切りが良いところまで、と思って周回を始めたはいいもののボルトやいのじんとの約束を考えると、止めようにも止められない。
「せめて自分の部屋でやりなって言ってるんだ」
「わかった」
 シカダイ、たたかう、モンスター。
 コマンドを入力してから立ち上がると母ちゃんの「全く」と呆れ返った声が聞こえた。
 ベッドの上に転がって、ゲームを操作し続ける。母ちゃんと父ちゃんの話し声、それからカチカチと鳴るボタンの音。遠くから鹿の悲しげな鳴き声が聞こえた。
 単純作業だから頭を動かすことなんてほとんどない。一撃で倒せて、それなりに経験値がおいしいところを回っているから考えることも特にない。目標のレベルも決めている。強いて言うのであれば、次に周回するフィールドを考えることぐらいだろうか?
 でも、それもほとんど決まっている。
「うしっ。これで終わり」
 まほうコマンドの中に新しい魔法が追加されたのを見て、オレはやっと一息ついた。 
 ボルトたちとゲームをする時に使いたかった、全体回復魔法を取得できた。高レベルのキャラでないととれないそれは、HPもMPも大回復ができる便利な魔法だ。残りHPを考えず敵に切り込むボルトに、MPの計算をしすぎて細かい魔法しか出さないいのじん。二人にこの魔法をかけてやりたかったから、わざわざ時間を割いてレベル上げに勤しんだ、というわけだ。
 これで戦闘が楽になる。
 メニュー、そのた、ほぞん。
 何百回と繰り返したコマンドの入力を終えて、ゲームの電源を落とすとベッドの上でぐっと体を伸ばした。寝返りは打っていたけれど、体はかたくなっている。特に、指が。
 画面を見すぎて疲れていたから、このまま寝ようかと横になり直すと、壁にかかっている時計がふと目に入る。とっくに日付を越えていた。
 父ちゃんも母ちゃんも寝ているだろうから、後のことを考えずに風呂を独り占めできる。湯に浸かったら、多少は体が柔らかくなるだろう。
 オレらそう思うとベッドから飛び降りた。そして、着替えを抱えていそいそと風呂場の方へと向かった。
 違和感を感じたのは、脱衣所の引き戸に手をかけた時だった。
 風呂から声が聞こえた。父ちゃんが入っているのかと思ったが、そんなわけがない。二人分の、話し声が、聞こえる。
「お前からもシカダイに言ってやってくれ。ゲームばかりするな、と」
「将棋と似たよーなもんだろう? 別に悪いことじゃねーと思うけどなァ」
 パシャン、と水面が動く音。
「バカ。お前がしてたみたいに寝る間も惜しんでゲームされてたら、こっちもたまったもんじゃないんだよ」
「まぁまぁ、そんな怒るなって」
 風呂場のタイルに反響する、両親の声。
 シカダイ、にげる。
 現実では、回れ右も付け足して。深夜に、親が揃って風呂に入ってるところに遭遇するなんて。にげる以外のコマンドを選択する勇気は、オレにはない。触らぬ神に祟りなし、だ。

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