「また、明日」
「あぁ、また明日」
仲良く遊んでいた、幼き時分。あの時は夕方がくれば、お互いの家に帰らなければならなかった。しかし、今ではどうだろう?
シカクが真新しい引き戸を引くと、家の中から夕飯の匂いが漂ってくる。そこにもう、白檀の香りは入っていない。
すう、はーと何度か息を吸ったり吐いたりを繰り返して、呼吸を整えると静かに
「帰ったぞ」
台所にいるであろうヨシノに告げる。結婚して数ヶ月経つと言うのに、未だに緊張するのはままごとで練習していないせいだ。
台所の向こうからがちゃんと何かの鍋にふたをする音がして、それからぱたぱたと重い足音が近づいてくる。
「おかえりなさい」
「今日も良い匂いがすんな」
「泥だんごとは違うわよ」
シカクは笑みをこぼすヨシノの腹を見た。まだ目立ちはしないが、若干の膨らみがそこにある。
「シカマルはどうだ」
「全然、動かないのよ。小さい時のシカク兄さんそっくり」
「まぁ、オレの子だからな」
シカクがヨシノの腹に手を伸ばそうとすると、その手はぴしゃりと叩き落とされてしまった。
「まずは手洗いとうがい。それに顔が汚れてるから、洗面も!」
シカクが妻として娶った女は、医療を知るものとして、衛生には人一倍厳しい。服の上からでも、腹を触られるのを嫌がる。
「はいはい」
「はいは一回! それ辞めてよ。シカマルもそんな話し方になったら、嫌だもの」
「オレだってオヤジと話し方はそっくりだったんだ。シカマルもそーなるだろ」
「ダメよ。ちゃんとした話し方になってもらわないと。お父さんみたいに、はっきりしない男には絶対しないから」
どうだかなァ。
シカクはその言葉を飲み込むと、素直にヨシノに向かって首を縦に振った。そして言われた通り、洗面所へとゆっくりと歩を進めた。コックを捻り、水を出すと備え付けられている手洗い石鹸をしっかり泡立てて、手の皮膚を擦る。
長く続いた大戦は終わった。シカクは父が遺した目的の通りに、里を守り抜くことができた。
木の葉の里には、四代目火影が就任し、復興に日々尽力を注いでいる。忙しいミナトを支えているのは、同じ時期に妊娠がわかったクシナだ。
いのいちもチョウザも大戦が終わった後に結婚し、それぞれの妻の腹の中にはシカマルと同い年になる子がいる。猪鹿蝶も、新しい世代へと引き継がれていくだろう。
今はどこの里も疲弊しきっているだろうから、しばらくは戦争もない。願わくば、もう大戦には、産まれる子にもそのまた子どもの子にも、出会っては欲しくないと思う。しかし、世は常ならず。人同士がかかわり合ううちに、どこかでまた起きてしまう可能性の方がずっと高い。
ならば、どうするか。
シカクには答えはわかりきっていた。
その時、また自分は家ではなく里を守るのだろう。父が遺した兵法を生かして、仲間を守ることが自分の役割だ。それにシカマルだって、育てなければならない。ならばウチは誰が守るのか?
父が教えてくれた。父が母に、全てを委ねたようにシカクもウチのことは、ヨシノに任せておけばいい。ヨシノは母と同じで気は強いが、父と同じでシカクにとってこれ以上、頼りになる女はいない。
ヨシノがいれば、ウチのことは何事も、上手く回してくれるだけの確信が、シカクにはあった。それは、ままごとを繰り返してきたからこそわかる、信頼。
「ヨシノ、ウチのことは任せたぞ」
「わかってるわよ。アナタがいなくなっても、シカマルは私一人でも育てるから」
ヨシノがそう言ったのを聞いて、シカクはやっと父の言っていたことを、理解した。