※未来捏造。19歳のダイヨドちゃんのお話です。
「もう嫌。別れる」
十九歳にして、通算四回目の別れ話。シカダイに押されて、十五歳から付き合い続けて、四年目の冬。私たちはかれこれ一年に一回は別れている。
今回の原因はシカダイが偉そうに
「上忍になったから砂にあんま行けねーし、ヨドがこっちに来いよ」
なんて言ったことだった。なんで私がわざわざこっちに来ないといけないわけ?鉄道が普及したと言っても、時間がかかることには変わりないし、手間だって。
いつだって言い出すのは、私。デートに毎回遅刻してくるシカダイに愛想がつきて、言い出すんだけど
「あ、っそ。わかった」
シカダイはすんなりと私の言い分を飲み込んで、自分が頼んだ緑茶を飲み切る。それから、傍を通りかかった店員に「お会計で」と伝えて私の分のマカロンケーキの分のお代もきっちり払ってしまうと、店を出ていってしまう。
自分の分は自分で払う、と言ってもシカダイは聞いてくれない。当然のように、私の分も払ってしまう。そんなとこが嫌い。
そのまま私が店内に残って新しいケーキを注文して食べても、外に出ると「遅かったな」って声をかけてくる。そんなとこも嫌い。
「で、どうすんの?別れんの?続けんの?」
なんでずっと、そんな上から目線なわけ?
*****
「もう嫌。別れる」
頬を膨らませて怒るヨドは、森によくいるリスに似ていると思う。ほっぺたいっぱいにはいっているのはヨドが最近、ハマッているマカロンの形を模したケーキだ。
「上忍になったから砂にあんま行けねーし、ヨドがこっちに来いよ」
ヨドに、遠回しに、将来的に木の葉に来いと言うのはこれで四回目。一緒にいて飽きない相手だと思ったから付き合いを申し出たし、こうやってデートなるものを重ねている。
「あ、っそ。わかった」
ヨドは起爆札より爆発しやすいところがある。でも、消火にかかる時間も短い。
自分の分は自分で払うと騒ぐヨドを無視し、まとめて会計も済ませてしまう。曲がりなりにもデートと銘を打っているのだし、男としては甲斐性を見せておかねばならないところだと思っているからだ。
店の前に出ると、行列を作っている女の一人ががこちらを見てくる。そして
「シカダイくんもここに来たの?」
そうオレに聞いてきた。こいつに見覚えがあったのは、たぶん、最近よく話しかけてくるから。
「あー、あぁ」
適当にはぐらかし「急いでいるから」と遠ざかると小道に体を隠した。
女っていうものはどこか面倒臭い。言いたいことがあるのならば、さっさと言えば良いのにといつも思う。その点、ヨドは良い。短絡的なところもあるが、言いたいことをその場ではっきりと告げてくれる。オレに言ってくれるのは「嫌い」だとか「別れる」とかばかりだが。
ヨドの怒りの消化にかかるのは、ケーキ一つ分の時間があれば十分。少ししたら、店の前で落ち合えばいい。
壁にもたれかかって座り込んでぼーっとしていると、店から吐き出される甘い温風が鼻いっぱいにはいってかる。
ヨドと付き合うのは本当は、少しの間だけでよかった。
ヨドが他のやつに興味があるのならこの関係もそこまでだ、と考えていた。女なんて、あっちの男がいいだとか、こっちの男がいいだとか、移り気なもの。さっきの女だって「いのじんくんかっこいい!」と前まで言ってたはずだ。
だから、ヨドもそうやって離れていってしまうものだと思っていた。のに、違った。
なんだかんだ四年。
会わない時間の方が多いから、ちゃんと付き合ってると言えるかどうかわからない。しかし、少なくともヨドが「他に好きな人ができたから」と言って、別れ話を切り出したことはない。
そうなると、これからも他のやつのところのいくことなく、繋ぎ止めておきたい気持ちの方が勝ってくる。ヨドならば、おじちゃんにシンキやアラヤの目をかいくぐって、砂の男と付き合うことはできたはずだ。それなのに、今でもオレを選び続けるということは、ヨドなりの理由があってのことだろう。
なんだろうなァ。それ。
読めないヨドの心情に頭を悩ませながら、オレは立ち上がると、店前に戻る。そろそろヨドがケーキを食い終わる頃合いだ。
*****
あうん門に行くわけでも、シカダイの家に行くわけでもなく、フラフラと里内を歩く。今日も木の葉は、人通りが多い。
「絶対、木の葉には来ない」
「なんで? おじちゃんたちのことが心配なのか?」
「それもあるけど、アンタがいる木の葉に来るのが嫌」
「つまり、オレのことが嫌いだから木の葉に来ないってことだろ」
そう、シカダイが嫌い。
恋って、ドキドキするものだと思ってた。今さら夢なんか見る年じゃないけど、手を繋いだり、キスをしたりってもっと緊張するものだと思っていたのに、シカダイとすると結構あっさり済んでしまった。なんでもないように、一つずつ階段を踏んでいって。気づけば、上の方まで二人で。
そこまで気を許した私が、バカ。
それなのに、現実はドキドキっていうかずっと、イライラしてばっかり。全然、楽しくない。なんで私、こんなヤツとずっと付き合ってるんだろう?
「そうよ」
「ふーん」
シカダイは納得したように頷くと、そのまま黙ってしまう。すると、行き交う人の雑踏の音が消えて、私は木の葉に一人で残されたみたいに、こわくなった。住み慣れていない場所だからそう聞こえるのかもしれないと思った。けれど、原因はそうじゃない。
少し見上げれば、シカダイは別れ話をしたばかりだというのに、何事もなかったかのように前を向いていて歩いている。平気そうな、いつもみたいにオレたち付き合ってません、みたいな雰囲気を出して。
何が良かったんだろう、顔?性格?スタイル?
見慣れてるからかっこいいだなんて思わないし、性格なんてめんどくさがり以外になんて言ったらいいかわからない。スタイルもちょっと背が高いぐらい。
いたって普通なのに。だけど、ここにきて気づいたのだけれど、私にはそれがなぜかキラキラして見えていて。
待って。こんなやつがキラキラして見えるって、おかしくない?私は今、嫌いだって言ったのに。なんで?
「ヨド、さっきの話、オレは『うん』って言わねーからな」
つり上がった目が私の方をちらりと見る。
いつも、そう。私が切り出しても、シカダイは絶対にうんとは言わない。大バカ。こんなめんどくせー女とさっさと別れたらいいのに。
「なんでよ」
「今さらめんどくせーからに決まってんだろ」
「めんどくせー?」
何がめんどくさいって言うの。別れるのが?それとも他の女を捕まえるのが?木の葉でモテてるって聞いてるから、捕まえようと思えばいくらでも捕まえられるんじゃないの?私より、もっと素敵な子を。
「ヨドみたいなやつを見つけるのが。だからヨド、こっちに来いよ、将来」
ウチの母ちゃんみたいに、とシカダイは小さく付け足す。
テマリさんみたいに、って、それって、つまり冗談なの?本気なの?
私が何かを言おうとすると、シカダイの顔が一気に赤くなって
「待て。今のナシ。ノーカン。忘れてくれ。そのうち、ちゃんと言うから」
さっきの発言を取り消そうとする。だけど、最後にはちゃんと言うから、って。思わず、吹き出してしまう。
「わかったわよ」
シカダイのどこが良いかなんて、今になってもわからない。ドキドキもしないし、あまりのマイペースさに本気で別れようって思ったりもする。だけど、私たちにはこれぐらいが良いのかもしれない。じゃなきゃ、四年も続かない。
「待ってるから、また言って」
「ウィース」
恋なんて、理想を抱いてるのが間違い。だって、私だってなんだかんだこいつがいいんだもん。