※自分向けに発行したコピー本の再録です。
シカテマの幼少期~新奈良家までを、ごはんの視点でお話にしただけです。
ウチの朝メシは、白ごはんにみそ汁が定番だ。それから、母ちゃんお手製の漬物を山ほどに、少しのおかずも。平皿の上に積まれているのは大根や胡瓜、それにゆで卵なんかも。最近、変わり種のものに凝っているのか、ささみを茹でたやつが出てきたこともある。
母ちゃんが
「ばぁちゃんから受け継いだんだよ」
っていう自慢のぬか床は、今日もフル活動ってことだ。今だって、何が入っているのかわからない。だけど、そこにはオレの好物はないのだろう。今朝の漬物の山には見つからない。
言ったら怒られるだろな、と思いつつも
「なぁ母ちゃん。水茄子のは?」
母ちゃんに尋ねると
「昨日、食べきったろ? また後で漬けておくから、今はこれで我慢しな」
米を口に運びながら、ぴしゃりと言われてしまう。今、絶対、というわけでもない。ただ、あればいいなと思ったのだけなのに。
無言で麩が浮いた、ぬるいみそ汁を啜っていると
「浅漬けでよかったら夜に出すよあと父ちゃんが、漬けてもかたいゆで卵がどうしても嫌だって言うから、一緒に食べよう」
母ちゃんがオレにそう言ってくる。
「いや、別に嫌ってわけじゃあねぇけどよォ」
父ちゃんが箸を伸ばそうとすると
「嫌だから食べないんだろう?」
こっちも跳ね除けられてしまう。今日もウチは母ちゃんが一番強い。
◇
普段の昼メシは朝とそれほど代わりない。だけど、父ちゃんが修行を見てくれる日は、バカでかいおにぎりを、父ちゃんが作ってくれる。中には、しょっぱい梅干しが入っている、爆弾みたいな真っ黒なおにぎりを。
相談役だなんだと忙しいだろうから母ちゃんに任せたらいいのに、父ちゃんは頑なにそれを拒んで、少しの隙を狙っておにぎりを握る。母ちゃんの方が数段美味いのに、なぜ作るのか。聞いたことがあった。
「なんで母ちゃんのおにぎりじゃないんだ?」
と。そしたら
「修行の時は、オヤジが作るおにぎりだって奈良家では決まってるんだよ」
なんて言ってたけど、どういうことだ。そして大体、決まって
「ちゃんとメシは食え」
とも。
わけがわからないが、ウチにはそんな伝統があるらしい。別に嫌いじゃないから食うけど、理由ぐらいはっきりしろよ、と思う。
◇
修行が終わると父ちゃんはすぐに仕事に戻ってしまう。だから父ちゃんは、母ちゃんのジュースを知らない。
「ただいま」
玄関から真っすぐ台所に向かうと、母ちゃんがぬか床を弄りまわしていた。果物の皮がどうたらとか、山椒がどうたらとか、ぬか床の世話は大変らしい。だけど、それが楽しいとも言う。
「おかえり。手洗いとうがいは?」
「今から。母ちゃんいつもの」
「もう作ってるよ。済ませてる間に入れとくから」
洗面所に入ると食器棚からコップが取り出され、中に何かをとくとくと注がれる音を聞きながら、オレは急いで手に泡をたてる。ジュースは逃げないが、これは冷えてるのが一番おいしい。
野菜とか果物とかなんか色々はいったジュース。
言いつけ通り済ませると、机の上には黄色のジュースが置いてある。
「いただきます」
手を合わせてから一気に飲み干すと、修行終わりの疲れた体に柑橘類の酸っぱい風味が染みわたっていく。このジュースは季節によって色が違う。赤になったり、緑になったり。だけど、どれもたいてい美味い。
「我愛羅もカンクロウも、これが好きだったんだ」
と昔、母ちゃんが言っていた。それに、おじちゃんたちが来た時に三人で飲んでいることもある。母ちゃんだけじゃなくて、おじちゃんたちもおじちゃんたちで作っているみたいで
「最近、我愛羅が美味いサボテンってやつを育てて、それで作ってみたんだけど、結構美味かったじゃん」
なんて話をするぐらい三人とも、このジュースが好きだ。
◇
父ちゃんは夕メシになっても帰ってこない。
この時間に帰ってくる方が珍しいぐらいだから、母ちゃんと二人で食べることには慣れている。
母ちゃんと昼間に父ちゃんとやった修行の話をしたり、アカデミーで流行っているものの話をしたり。母ちゃんもばぁちゃんと味噌を買いに行っただとか、来年の梅干しの量はどうするかなんて、ちょっとした話をするだけ。
父ちゃんが居てもウチの食卓は静かだが、一人減るだけでどこかぽっかりと空いたような気もする。夜だと、特に。
オレが底の深い器の中身をすすると、茶わん蒸しの中から白いイカが出てきた。しらすとか椎茸もたっぷり入っている茶わん蒸しだったけれど、具が大きいものを見つけるとちょっと得をした気分になる。それから父ちゃんの好物の鯖の味噌煮に、朝にはなかった水茄子の漬物にも箸を伸ばす。
縦にすっと切られた水茄子は浅漬けだったようで、中はしっかりとしていて味はさっぱりしていた。だけど、母ちゃんのことだからしばらく分は漬けてくれているはず。たぶん、明日か明後日にはそれなりに味が染みついたものが出てくるだろう。
◇
オレが風呂から上がってくると「冷えるといけないから」と母ちゃんが甘酒を用意してくれている。大人が飲むようなやつじゃなくて、子どもでも飲めるやつ。
今日の甘酒には、桜の花が浮いていた。
「どうしたんだ? これ」
「それも漬けたんだよ。ばぁちゃんに教わってな」
一口啜るといつもの生姜の味と、それとちょっと酸っぱいのが。
「何これ」
「梅酢で漬かってるから。シカダイ、飲めないなら普通のやつ飲むか?」
「いや、いい。うまけりゃなんでもいい」
そう言うと、母ちゃんはぷっと噴き出す。
「何?」
じろりとオレが母ちゃんを見ると、
「父ちゃんと同じことを言ってると思ってね」
腹を抱えて笑っている。
「父ちゃんの子なんだから仕方ねーだろ」
「それもそうだ」
母ちゃんは一通り笑い終えると、自分の分の飲みかけの甘酒に手を伸ばす。
◇
やたらとウチは手作りが多い。昔からある家だから、ばぁちゃんから教えてもらったものがほとんどで、ちょっと古臭いと思うこともあるけれど、ハンバーガーとか食べた日なんかに食べると、なんかほっとした気持ちになる。こっちの方が舌に染みついているのかもしれない。
だけど、それでもいい。
これが、ウチのごはんだ。