±0cm0mm【1/6】

-15m32cm の続きです。

1話は短いですが、複数に分けて投稿します。


 午後の会議が終わったのは、夕飯には少し早い時間だった。
 15分も昼休みを延長しただけあって午後の会議は、午前よりは話が進んでいた。
 ずっと椅子に貼り付けられていたシカマルが体を伸ばすついでに、会議室の外に目をやれば、夕闇が地平線から顔を出して太陽を飲み込もうとしている。

 この時間ならメシ屋も選びたい放題か?でも、オレ、ここの美味いメシ屋なんて知らねーぞ?

 今日、予定していた分の話し合いが無事にすべて終わっていたからか、シカマルの気分は悪くなかった。会議前に黒ツチの妨害もあって、まとまりきらなかった提案は、何も話していないはずのテマリのアシストもあり、すんなりと通すことができたのも大きな要因のうちの一つだった。
 それに今日は、いのが言うところの記念日という日だ。了承がないため、何のとはまだはっきりとは言えないが、喜ぶべき日であることは確かだった。
 シカマルは、机に散らばった資料をまとめながら、今日の夕飯は何にするかを考えていた。コストパフォーマンス的に優れている鍋で良いか?それとも、良いものでも食いに行くか?
 しかし、連合会議の主軸でもあるシカマルに落ち着いて夕飯の店を考える暇などない。

「先ほどの提案なんですが」

「アンタがこの前言ってた、去年のデータの外れ値の処理なんだけどよ、ただの例外として扱うんじゃなくて……」

 会議後、シカマルの周りに人が集るのは常であった。

 やることは全部やったんだから、さっさと帰らせてくれよ。

 と当の本人は思っているのだが、よりよい会議をしたいと思っている意識の高い若者たちの多くが、この『木の葉の策士』と謳われている(実際は、小指の爪ほどのやる気をなんとか振り絞ってこの会議に参加している)男のところへと来るのだ。
今日は会議で提案したせい、というのもあって余計に人がやって来る。

「この資料のまとめ方についてなんですが」

「悪くねーよ。ただ字はもう少し大きい方が助かる。オレたちには読めても、監査してくれるミフネ様には読みづれえだろうから」

 シカマルは、質問してくる輩にそれなりの返答をして、追い返しながら頭の片隅で、未完成のままになっている鉄の国のグルメマップを広げる。これが完成する日がくるとしたら、シカマルとテマリがどこかでミスをして、まだ連合会議を重ねている時だろう。

 やっぱり寒いし、鍋か?でも、良い鍋ってなんだよ……。この前行ったとこは野菜が美味かったけど、そん時はあの人も居たしなァ。

 シカマルは、午後の会議で配られたばかりの資料の紙面に描かれている、棒グラフを指差しながら

「これってグラフにする意味ありましたっけ?数値だけで十分だとオレは思います」

年上の忍にもアドバイスをするのが、段々とバカらしく思えてきた。配布する資料が厚くなろうがならまいが、大量の情報を精査して、適切な情報を読み取ることに長けているシカマルには一切関係のないことだ。
 それよりも。
 その忍の肩越しに、ちらちらと見えるテマリが誰かと談笑しているのが、気にかかって仕方なかった。机の上の資料を見ていないから、仕事の話をしているわけではないだろう。

「あ、もう一つ。この資料が……」

 なんで、オレに聞く?んな、どうでもいーことを。ちょっと頭を働かせたら、わかるっつうの。

 バカらしさとともに、腹の底からイラ立ちが沸き起こってくる。昼にあまり食べられなかったから空腹からだろう。それに、会議前に発症した胃のムカつきもまた戻ってきた。

 風邪でもひいたか?

「すんません。ちょっと体調悪ぃみたいなんで、明日でもいっすか?」

 相手に断りをいれると、相手は「体調が悪いところ、すみません」とあっさりと身をひく。と同時に、会議に欠かせないシカマルを気遣ってか、人が離れていく。
 その背中の束がどこかへ散り散りになり、身の回りに誰もいないことを確認すると、シカマルは手早く、昼の出来事のせいでしわしわになった資料と、さっきの会議で配られたばかりの新しい資料をひとまとめにして、小脇に抱えるとテマリと、この場所を離れる準備を整える。人に囲まれてるストレスから解放されて、イラ立ちは多少収まった。が、胃のムカつきだけがとれない。

 風邪だったらめんどくせーな。なんか気分も悪ぃし。夕メシだけとったら、今日は寝かせてもらった方がいいのかもしんねー。

 今日の夜、テマリのところへ行くと昼に約束をした。未来の約束の方はどうなるか今は知りようもないが、決まっていることは守らねばならない。というより、シカマル個人が守りたいと願っていることだった。
 シカマルが、テマリの座っているところへ向かおうと一歩踏み出そうとする。が、その足が止まった。今の今まで、テマリが話していた相手は。

「テマリさん、おしるこ好きでしたか?」

「あぁ。甘いものは好きだ。気を使わせてしまってすまないな」

 さっき、テマリにタオルを貸していた長十郎だ。
 二人は仲良く並びながら、小豆色の缶を握っている。会話から察するに、長十郎がおごったであろう。それはシカマルは特に気にもしなかったのだが、元々のいすの位置的に、長十郎がテマリに近づいている。
 会議終わりに、他里の同僚と雑談をしるこを嗜む。悪いことではない、むしろ閉鎖的だった里同士に交流が生まれているわけだから、喜ぶべきころだろう。
 しかし、シカマルはそれを受け入れられなかった。二人がおしるこをすすりながら、くだらない話題に笑い合っている光景を見ているだけで、胃がさらにムカムカとして、若干の吐き気も催してきた。

「ありがとう。今度、砂のものでよかったら何か贈るよ」

 テマリは愛想笑いを浮かべて、長十郎に返事をする。
 シカマルにはそれがテマリの磨いた外交のスキル、ということはわかっていたのだが、気に食わない。

「いえいえ。水影様の『女性には優しく』を実践しているだけですから」

 長十郎は、ははっと笑いながら缶から一口すすると、まだあの人と談笑を続けたいのか言葉を続ける。

「テマリさん、風邪には注意なさってくださいね。暑いところから来てるのであれば、寒さに体が慣れていないでしょう。宿まで少し距離がありますし、良かったらオレのマフラー使ってください。オレは寒いの平気なんで」

 長十郎は傍らにまとめていた外套の中から、水色のマフラーを取り出すとそれをテマリに手渡そうとするが、テマリはその優しい申し出を拒否する。

「ありがとう、でも悪いよ。砂漠の夜も寒いから、寒さにはある程度は慣れているつもりだ。それに、私のせいでお前がひいたら申し訳ない。すぐに宿に帰るようにするから」

 そうは言いつつも言葉の最後の方で、ちらりとテマリはシカマルの方へと視線を向けると、持っていたおしるこに口をつけて、一気に飲み干す。
 テマリを待たせていたのは、シカマルだ。そして、あの様子だとテマリはシカマルが終わるのを、そうやってずっと、ちらちらと確認してたのだろう。長十郎と話をしながら。
 得意げな気持ちになったシカマルは、テマリの方へ一歩をやっと踏み出す。
 テマリはそれも確認して、長十郎に声をかけた。

「じゃあ、私は帰るよ。また、明日」

「えぇ。お気をつけて」

 椅子から立ち上がると予めまとめてあった、荷物を抱えて長十郎から離れてこちらに向かってきていたシカマルと途中で合流する。テマリの深緑の目がシカマルをきちんと捉えているのを確かめると、ほっと胸を撫で下ろす。

 ……ほっ?なんでだ?なんでオレ、安心してんだ?

 シカマルは自分の感情に戸惑いながら会議室の出入り口の方へ歩こうとすると、テマリが

「シカマル、ご苦労だな。もう質問攻めはいいのか?」

シカマルを労いながら、問いかける。
 風邪かもしれない、ということを伝えようかと思ったが、こみ上げてきていた吐き気はいつの間にかなくなっていた。自分が思っているよりも体調はそう、悪くないらしい。

「あぁ。片付いてる。ところで、今日の夕メシ、どうする?」

 シカマルがドアを開けると、テマリはありがとうと添えてまだ、会議のメンバーが残っている廊下へ踏み出す。その背を追ってシカマルも出れば、テマリが続ける。

「昼はロクに食えなかったからな、ちゃんこ鍋でもどうだ?近くに良い店を知ってるんだ」

 悪くない申し出だった。暖かく、量が食べられるもの。この前、二人で行ったけんちん汁の美味い店にでも連れて行こうかと思ったが、あそこは美味い代わりに量が少ないから物足りなさがある。
 暖房がきいている廊下を歩いていると、人は自然と二人を避けていく。

「そうすっか」

 シカマルがテマリの申し出に了承すると、二人は乾いた外套を身につけて、公舎から出て行く準備を始めた。

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