奈良家のモテ事情:我が家のモテ事情【完】

「母ちゃん、呉服屋さんが父ちゃんからって」
 夕飯時で忙しい時にチャイムが鳴ったから、代わりにシカダイを使いにやらせたら、見慣れた風呂敷を抱えて戻ってきた。何を買ったのかさっぱりわからないが今、包みをあけている時間などない。
「あぁ。居間に置いといて。後で開けるから」
 テマリはシカダイに指示を出すとトントントンと手早くネギを切っていく。それから、鍋の方を確認して、そうめんの湯で具合を確認した。
 あと少しで、そうめんが茹で上がるか。そうしたら、コンロが空くから付け合わせの麻婆茄子を炒めて、それから冷蔵庫で冷やしている刺し身も……。
 そうやって夕飯の段取りを考えていると、居間に行ったはずのシカダイがまだその場におり「めんどくせー」と漏らす。何が一体、面倒くさいのか、テマリには理解できなかったがその後に続く言葉でわかった。
「ついでに、珍しく父ちゃんも帰ってきたけど?」
「ただいま。亭主からのプレゼントは興味ないって?」
 ムスッと不機嫌そうな顔をしてシカマルが台所の暖簾を持ち上げる。
 シカマルの予想では、送られてきたものにテマリが感動して喜んでいるところに、自分がたまたまを装って早く帰宅し、テマリの笑顔と「ありがとう」をすぐに受け取り、「いいんだって」なんて言って、男らしさをアピールしたかったのだろう。
 しかし予想に反してあまりにも妻が素っ気ない態度だったから、不機嫌……というより拗ねているのだ。
 この忙しい夕飯時に何やってるんだ。
 でも、夕飯作りよりも面倒くさいのは目の前の拗ねた年下の夫の後処理だ。テマリは気づかれないようにはぁと小さなため息をつくと、切り終えたネギを皿に移す。それから、つかつかとシカマルの元へ近寄り、手のひらをシカマルの鼻先へと突き出した。
「手にネギの匂いがついてるから、匂いがうつらないように後でちゃんと見ようと思ったんだが、ダメか?」
 すんすんと何度かシカマルは鼻を動かす。テマリの手についたネギ独特の匂いは、無事にシカマルに届いたらしい、すこし顔をしかめる。
「お……おぅ。ちゃんと見てくれよ。その……アレ、すげぇ頑張って選んだから」
「わかった」
 ばっさりとテマリは言い切ると、すぐに調理へと戻った。

*****

 夕飯を食べ終え、後片付けすっかりを終わらせたテマリが居間にはいると、縁側でシカマルとシカダイは将棋をやっていた。シカダイの方が不利らしい。顔をしかめて盤上を眺めていた。眉間にしわを寄せて、下唇を突き出してる息子の姿を、シカマルは優しい目で見守っている。
 ゆるやかな時間だ。
 テマリはこんな時間も良いものだ、と思いながら居間の真ん中に置いてある座卓へと近寄る。の上には「さぁ見ろ」と主張している、先ほどシカマルが贈ってくれたという風呂敷がいた。中のものが何か、という想像は難くなかった。先日も散々、男たちが押し付けてきたものだろう。しかし、見知らぬ男に貰うよりもやはり、見知った夫に貰う方が、胸が弾む。知っていても、何色のものを選んでくれたのだろう、柄は何だろう、そう思えてくるのだ。
 緩く結ばれていた結び目に手をかければ、するりと風呂敷が机の上に落ちて中身が姿をあらわす。
 深い渋みのある青緑---松葉色の無地の反物---。
「今まで貰ったどの反物より綺麗だ」
 反物を広げながらテマリが言う。そして、綿独特の柔らかな感触が手の皮膚を通じて楽しむ。
「シカマル、ありがとう。まだ今年の生地を買っていなかったし、助かるよ」
 シカマルにそう伝えると、シカマルは特に変わりのない庭を見る。そして、どういたしまして、とこぼした。連れ添って十何年たつというのに、今だに照れるらしい。
 シカダイはシカマルの方をちらりと見ると、
「投了」
 と表情筋を緩めながら言う。どうあがいても、父には勝てないとなったのか、それとも見てられないほどだらしない顔をしていたのか。
 シカダイは将棋盤の前から立ち上がりテマリの元へやってくると、広げていた反物をまじまじと見つめていた。
 シカダイに、この生地の良さはわからないだろう。あまり着るものに興味がない子だから。ちょっと見て、部屋に帰るのだろうか。
 そう思っていたが、予想外にもシカダイは口を開いた。
「なぁ……母ちゃんってやっぱり、モテたのか?よく物を貰ったりしたとかしたのか?」
 大きな目でテマリを見つめながら、シカダイは言う。
「モテたかどうかはわからないが、よく物は貰ったな。簪だとか、着物だとか、小物とか」
 ふと、買い物の時に物を押し付けてきた男たちを思い出す。あぁいったことをモテる、というのであれば、砂でもよくあったことだ。面と向かって押し付けてくることはなかったが、長期任務が終わる度に自室に戻れば、贈り物の山がそこに積まれていた程度ではあるが。それらは任務として一緒に行動していた要人やその息子からが多かったから、感謝の気持ちだとばかりに思っていた。
 異性としての、贈り物として一番貰ったのは……アレだけだ。
「……でも、一番貰ったのは甘栗、だったかな」
「そりゃあ、どーも」
 やっと照れが消えたシカマルが、シカダイの放置した盤上の駒をまるで何もなかったかのような平然とした顔で集めながら言う。
「甘栗?母ちゃん、そんなんが嬉しかったのか?」
「嬉しかったさ。母ちゃん、甘栗が大好きだからね」
 シカダイににっこり笑って言うが、シカダイはわけがわからないという顔をする。趣味の合わないものを貰うより色気のない、食べ物でも好物を貰えたほうがうれしいというのは、まだ早かったのだろう。 
「ふぅん。父ちゃんは……まぁ、モテねーか」
「そりゃそうだろ。オレはイケてねー派だからなァ」
 箱に駒をしまい、カポンと音をたてて蓋をして言ったが、そんなわけあるかとテマリは心の中で否定する。いのやサクラから聞いていた話とは違う。
「いのやサクラから『シカマルったら、この前も女の子に囲まれてね』なんて聞いていたが……。私の聞き間違いか?私が木の葉に居ない時なんかは、女の子に囲まれることもあったそうじゃないか」
 嘘だろ、とシカダイは意外そうな顔をするが、シカマルは表情を変えずに
「あぁ……それな。同期によく言われっけど、忙しかったしあんま覚えてねーんだよな。季節はずれでも、美味い甘栗売ってる店を探すのに必死だったから」
 甘栗はテマリの好物だ。つまり、シカマルはモテていると他の誰かに認識されていても、テマリのことしか頭になかったというわけになる。
 それはシカダイの頭の中でも繋がったらしい。
「そのころから父ちゃん、座布団かよ」
 結婚する前から甘栗を貢がされていたのか、尻に敷かれていたのか、とシカダイは言いたいのだ。それと、本当に父ちゃんそれで良かったのか、と。
「いいんだよ。座ってもらうために、砂から来てもらったし」
 シカマルが淡々とシカダイに返事をすると、シカダイはうげぇと苦い顔をする。父親の惚気など聞きたくないのだろう。
 忙しい時にプレゼントなんて回りくどいことをしてきたし、ちょっとお灸をすえてやろう。
「木の葉の座布団が、あまりに座り心地が良いもんだから、砂に帰れやしない」
 テマリがいたずらっぽく笑うと、シカマルは投了と小さな声でつぶやいた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です