仕事用に、と与えられた火影邸の個室でシカマルは頭を抱えていた。机の上に置かれているのは里をあげて行うことになった納涼祭のチラシと、いのに押し付けられ浴衣のカタログ。その二つがシカマルの悩みの種となっていた。
チラシの方を一瞥するが、今は上の返答待ちといったところだ。シカマルが出した結論により良い返答をくれたらと考えるが、どうだろうか。打てるだけの策は打ったし、なんとかはなるだろう。
しかし問題はこっちだ。
ため息をつきながら、『最新!今年のモテカワ親子浴衣特集!』と表紙にデカデカと書かれているカタログの方を見る。
「浴衣ぐらい買ってあげなさいよ!手作りも大変なんだからね!」
先ほど押し付けてきた、いのの言葉が頭の中でリピートする。テマリが毎年、浴衣を手作りしてくれていたのは知っている。多忙ゆえに、祭の時に着れないとわかっていても「寝間着になるから」とシカマルの分の甚兵衛も欠かさず、ヨシノと作っていることも。
テマリ本人は浴衣作りを楽しんでいる節もあるように感じていたから、あまり気にはしていなかった。しかし『いのに』言われたことが気になる。
実は嫌で、ママ友会とかいう闇の会で愚痴ってんのかァ?それともただの、いののお節介なのか?
判断がつかない。
仕事中に家族のことを考えるのはできるだけ避けたいが、こういう時に限っていつもの書類の山はない。仕事に逃げようにも先ほど、祭のシフト表づくりやその他の細かな調整を部下に投げてしまったところだ。つまり、手隙なのだ。
チクショウ。ちょっとだけ見て、適当に理由をつけていのにカタログを返すか。
渋々カタログへと手を伸ばす。表紙の見返り美人などには目もくれずにペラペラとめくってみるが、その行動に特に意味はない。
「浴衣……浴衣なぁ……」
目に入ってくる紙面の中で、微笑むモデルの女性とその子どもたちを、浴衣の贈り相手である最愛の妻・テマリと息子のシカダイに適当に置き換えて見てみるが、どの浴衣もしっくりとこない。
よくある柄物の浴衣は生地は、シカマルそっくりの黒髪を持つシカダイには似合うだろうが、砂色の髪のテマリには似合わない。テマリに似合うのは、柄物よりも色の濃い無地。輝く砂色の髪と吸い込まれそうな萌葱色の瞳を際だたせるのにはそれが最適解だ。シカダイもテマリと同じ萌葱色の目をしているから、確実に似合う。それは、過去の経験が言っている。
しかし、そうなると……。
テマリが普段着ているものとさして変わらなくなるし、カタログに載っているような濃藍の浴衣はすでに柄違いで、何枚か持っているはずだ。
そもそも自分にはファッションセンスなどというものとは無縁だ。流行り、廃りなどに敏感なわけでもない。服なんて楽に着れればそれで良い。もっと言うのであれば、防寒ができて、ケガが防止できたらそれで良いものだ。服……というか、身に付けるものに大しての認識がその程度の男が、妻子にぴったりと似合う浴衣を選んで、プレゼントすることが間違えているのだ。戦術をたてるのとは必要の頭が必要になるし、それはそうやすやすと手に入るものでもない。
後で馴染みの呉服屋行って、適当に反物選んで帰るか……。
シカマルはそう結論を出し、本日二度目のため息をついてからカタログを閉じると、次はチラシを手に取る。
こうしたイベントを行うことで、外資を得て里の経済の活性化に繋げる……というのはわかるが、本音を言えば、やりたくねぇなァ。
なんとかあの手この手をつかい、今まで……テマリが木の葉に来る前から、ずっと密かにシカマルはテマリの護衛任務についてきた。テマリに見つからないように、群がる男にお引き取り願ったり、祭中に近寄る男を術で止めたり、それが主な任務内容だ。
それがシカマルが主催者となってしまうと、そばに居て守ってやることができなくなる。去年までは従兄弟の独身男性を捕まえて、なんとか代わってもらっていたが、その従兄弟は今年はやっと捕まえた彼女と参加するという。
あのキツイ女の何が良いんだか。
そう愚痴ると、そういった話に詳しい同期のキバ曰く「砂の女性は美しい」という認識が男連中の間に広まっているらしい。その例として頻繁に上がりまた、噂の元凶になったというのが、木の葉によく来ていたテマリなのだ、と。だから、男たちにとってテマリは羨望の的であり、あわよくば一時の間でもお付き合い願いたい、というわけだ。
バカらしい。
美醜以前にテマリは、腕が立つ忍だ。階級が下の一介の忍などに目をかけるわけもない。かけられたとしても、それは腕を見込まれてのことであり決して、特別な感情が生まれてのことではない。ならば、テマリ自身が自衛すれば良いのかと言われたら、シカマルにとってその答えは不正解だ。なぜならテマリはくノ一ではなくただの女で、守らねばならないものであるからだ。あと、風遁で里に被害を出されるのも困るというのもある。
今年ぐらい楽させてやりたいから浴衣を贈るのはいいとして、当日どうすっかなァ……。
シカマルが頭を悩ませていると、トントントンとドアをノックする音が室内に響いた。入れ、と簡素に返事をすると先ほど仕事を投げた部下の、金髪のくノ一が入ってくる。
「シカマルさん、当日の警護のシフト表、あがりました。あと、砂隠れの里から返信が届きました」
「ありがとう」
くノ一から紙の束と巻物を受け取ると、シカマルは巻物を机の上に置いてシフト表を眺めながら、予算をまとめた紙を取り出す。シフト表から賃金の計算をし直して、予定していた人件費とあうかどうか確認したかったのだが……。視線が気になる。
「他に何かあるのか?」
用事が済んだはずのくノ一がまだ部屋にいる。
「いえ……。あの、もしよろしければ」
くノ一はシカマルの手のシフト表をめくると、あるところを指差して
「ここの時間、シカマルさんはちょうど休憩でお暇なので、よかったら花火でもご一緒させていただけたら」
ウィンクを交えながら言う。いわゆる『お誘い』というやつだというのはすぐにわかる。上層部の派閥争いで、ハニートラップなんかを仕掛られるのは慣れていたから。ただ、どこかで、情報が歪曲してるのか、シカマルは金髪で胸がある女が好みだと思われているらしい。
違うんだなァ。
惚れて嫁にしたいと思った女が、たまたまテマリだったというだけだ。それにテマリの髪は、金髪というほど明るくない。もう少し落ち着いた髪色をしている。
「あー。そこな。書面では休憩でも、オレ、家族を迎えに行かなきゃいけねぇから。砂からの来賓をもてなすためにも」
くノ一の誘惑などまるで目にも入っていません、と言わんばかりの態度で返事をすると、にっこりとした笑顔で
「そうですか!それはお忙しいところ、申し訳ありません」
などと言う。これはきっと、後に給湯室で愚痴大会が開かれた後に、上層部のどこぞの誰かに「失敗しました」と報告するのだろうというのは簡単に想像がつく。
イケてねー派のオレなんかに声をかけさせられて可哀想に。
どう思いながら
「仕事、頼むぜ」
とシカマルが声をかけると
「はぁい」
くノ一は、気だるそうな声をあげて部屋を出て行った。そして、シカマルは持っていたシフト表に計算した人件費のメモをつけてを脇に避けると、すぐに砂からの親書を開いた。ここからが本番なのだ。