奈良家のモテ事情:まえがき

 いのじんに引きずられる形で、オレとチョウチョウは修行場への道を足を突き出していた。クソ暑い中の修行なんて、地獄以外なんでもない。こんな日は、さっさと家に帰って、カラカラに乾いた喉に冷たい麦茶を流し込み「なんかちょっとお腹が冷えたから」なんて言い訳して、クーラーがガンガンに効いた部屋で毛布に包まりながら昼寝の一つでもするのが正解だ。
 しかし、
「今日こそは猪鹿蝶の訓練を受けてもらうからね。母さんが『連れてこないと、何としてでも二人を捕まえて修行を受けてもらうから!』って怖い顔で言ってたよ」
 授業終わりにつきつけられた、いのじんを通じた、いののおばちゃんの脅迫に勝てるわけもない。理想の予定とは真反対の、炎天下での修行、なんていう風に放課後の予定が強制的に決まってしまった。
 さようなら冷蔵庫の麦茶、さようなら冷房。また夕方に会おう。
 胸の中で、今欲しているそれらに別れを告げるだけで、口には出さない。出すといののおばちゃんに、いのじんから告げ口がされて、そしてそれが巡り巡って母のところへいくと
「先月の電気代が高かったのはシカダイのせいか!」
 と母に怒られるに決まっているからだ。けれど、かと言って夏の極楽を簡単に諦められるわけもない。
「めんどくせー」
 その一言に気持ちのすべてを込めてこっそりつぶやいたつもりだった。事実、こんなに太陽が照っている時間に修行なんて簡単に認められて良いはずがない。頭と体の、動きが鈍くなるから効率が良いとは決して言えないだろう。
「ん?シカダイ、なにか言った?」
 前を歩いていた、いのじんは耳聡くそれを聞き逃さず、こちらを向く。その顔には、サイのおじちゃんとそっくりの、腹の底が読めない作り笑いを顔に貼り付いていた。……これは本気でキレている。
 シカダイはぱっとそう判断すると
「なんも」
 とだけ返す。しかし、いのじんは笑顔を崩さないまま
「ちゃんと修行してね」
 さすがというか、幼なじみには何でもお見通しらしい。いのじんは、シカダイの思っていることなど無視して、早く修行場への道を急ごうとする。しかし、ここでたいてい問題行動を起こすのは、常に我が道を行くチョウチョウだ。
「あっ。今年もお祭りやるんだ~」
 通りの端に立っている掲示板の前で、完全に足を止めてしまう。どうしようっかなぁ、とシカダイは考えた。チョウチョウはマイペースだ。マイペースゆえに、いのじんやシカダイが急かすと機嫌が悪くなるし、それに女子として認識しているチョウチョウをこんな往来に一人で置いていくこともできない。
 いのじんなら、オレらがついてきてないことにすぐに気づくだろ。
 シカダイも立ち止まってちらりと横を見ると、チョウチョウはふぅんと言いながら、手に持っているポテチを口に運ぶことをやめない。これはここにしばらく居るパターンだ、とシカダイはすぐにわかる。
 シカダイもチョウチョウの隣に立って、視線の先のポスターを眺める。黒地のベースに『木の葉大納涼祭 開催!』とデカデカと白文字で書かれたポスターだった。毎年、少しずつデザインが違うらしいが、一昨年とは夜空の色が、去年とは花火の色が、違うぐらいしかわからない。
「シカダイ、誰と行くの?」
 チョウチョウがポスターを眺めながら、尋ねる。答えは決まっている。
「オレは涼しい家でのんびり過ごす」
「えぇ?!屋台あんのに?!」
 もったいないよ~と言いながら、ポテチの袋を逆さまにして小さな片ですから口の中にしまうチョウチョウは、屋台のことなのかポテチのことなのか、どちらのことを指して言っているのか、シカダイにはわからない。
「ちょっと!二人とも、何立ち止まってるのさ!」
 ついてきてないことに、気づいたいのじんが、やっぱり道を戻って迎えに来てくれる。いのじんはオレの隣に立つと「あぁ、これ父さんが描いてたやつだ」そうこぼした後に
「シカダイ、誰と行くの?」
 チョウチョウと全く同じ質問をぶつけてくる。幼なじみとは、思考も似てくるところがあるのか。めんどくせー。どうせなら、いのじんも捕まえておいて、一緒に最初から見ておけばよかった。
「めんどくせーから行かない」
 チョウチョウよりも簡素に答えると、いのじんは
「女子にまた誘われるんじゃないの?」
 イタズラを思いついたように言うが、それは自分にもブーメランとして返ってくることを知ってるのだろうか。
「お前こそ」
 シカダイが言うと、二人揃ってため息をつく。これが貼られるということはしばらく、アカデミーの女子からの「一緒に行きませんか」アピールが激しくなる、ということなのだ。飽きもせずに、毎日、毎日。毎休み時間、毎休み時間。
 アカデミーに入ってすぐだった昨年の惨状を思い出して二人で陰鬱としているその横で、チョウチョウは屋台に思いを巡らしながら、まだポテチを食べ続けている。
「……シカダイ、今年のことは後で考えよう。今は修行に集中して、お祭りのこと忘れない?」
「それがベストだな」
 うまいこと修行の話を持ちだしやがったな……と思いつつも、いのじんの提案を飲むほかに答えはない。
 机に置かれる呼び出しの手紙のことを頭から振り払って、シカダイがチョウチョウの腕を掴むと
「修行いくぞ」
と声をかけると、チョウチョウの足はすんなり動いた。

*****

 どうやら、オレはイケてる派らしい。
 らしいというのは、幼なじみのいのじんとチョウチョウがそう言っていたからだ。
 シカダイ自身にあまり自覚はないが、幼なじみのいのじんに言わせればシカダイは「かなりイケてる派」の一人として数えられている、らしい。
「シカダイのモテ方はおかしいよ。普通は、告白の後は女の子はゴミを見てくるような目でこっちを見てくるはずなのに、シカダイガールズたちはそれがない。
むしろ告白する前より、お目目キラキラさせてシカダイのことを見てるじゃない。気づいてなかった?まぁ、シカダイはそんなことに興味ないもんね。
ってかシカダイ、何て断り文句を言ってるか知らないけど、それやめた方がいいよ。あいつら、シカダイに告白してフラれることを一種のステータスにしてる。
しかも、それを自慢しあってるみたい。何回告白して、何回断られたかを影で言い合ってるんだって」

 そう言ったのは、いのじんだ。けれど、シカダイに言わせれば「お前の方がモテてるじゃん」となる。実際、恋愛事に疎いシカダイの目から見ても、いのじんの方が女子に声をかけられることが多いことはわかりやすい。二人で「今日の放課後はどうするか」なんて話をしている時に、大体割って入ってくるのは『いのじんガールズ』だからだ。それに、バレンタインなんかの好感度が数になってあらわれる行事では、いのじんには列ができるほど女の子が並ぶから、シカダイが貰う個数なんて明らか超える。
 だから、オレなんていのじんと比べたらそーでもねぇよ。普通だ。普通。
 と思うのだが、同じく幼なじみのチョウチョウはそれを否定する。
「あのねー。いのじんとシカダイでは、好きになる女の子のタイプが違うの!いのじんは見た目に騙されてるミーハー女子で、シカダイのはただのガチ恋勢。質がちがうの」
 女子から言わせればそういうことらしい。シカダイにその違いは、さっぱり理解できない。結局は自分が女子の撒き餌のようになっている事実には変わりない。
 そこでさらに追撃するのがチョウチョウだ。
「二人とも、パパとママの良いとこもらってるんだけど、ちょーっと違うんだよね。
いのじんのパパはイケメンだし、ママもキレイ。だけど、いのじんのパパはちょーっとお口がね。それがいのじんにもあって、いのじんの悪いとこになってんの!マイナスもマイナス!だから、ミーハー女子しかこないの!
シカダイは、ママはイケメンだけど、パパがねー。でも、シカダイのパパは女子に優しいからそこがプラス。シカダイのママみたいなイケメンに優しくされたら、そりゃ女子はガチ恋に走りたくなるの!」
 なんて言う。
 サイのおじちゃんといののおばちゃんの見た目が良いことがわかる。シカマルの見た目についてもだ。しかし、顔の見慣れた母のテマリが良いとは思えない。母の兄弟であるカンクロウのおじちゃんや我愛羅のおじちゃんがイケメンだと言われたら納得できるのだが、それは男である二人に使われるべき言葉であって、女である母には適応されないはずだ。それに、チョウチョウは自分を優しいというが、それは父の教育の結果であって、おそらく大抵の家庭で言われてることとさして変わりないだろう。
 つまり、どう考えても自分がイケてる派になるなんて思えないのだ。普通も、普通。それどころか、めんどくさがりのこんな男子を、女子は何を好んでるのか。
 シカダイはそう思っている。

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