誰に似たんだか。
シカダイはそう思いながら、通学カバンの中に入っていた薄い桜色の封筒を持ち上げる。チョウチョウに連れて行かれる雑貨屋で一番人気だとか言う、恋が成就する封筒だ。恋のおまじないなんて言えば可愛らしいものなのだろうが、呪いともとれるし、悪あがきともとれる。
シカダイは中身など見なくても、何が書かれているのか大抵はわかるようになってくる程度にはこの封筒は見慣れていた。封筒を開けることなく、もう一度カバンの中にしまうと隣の席のいのじんに
「悪ぃ。今日は先帰っててくんね?」
とだけ言う。それから、教室を出ると陰鬱とした気分で校舎裏へと足を進めた。
*****
じゃわじゃわじゃわと頭上で鳴き散らかしているセミの鳴き声が降り注ぐ中、帰り支度を済ませたシカダイはアカデミーの校舎裏でぼんやりと立ち尽くしていた。さっさ家にと帰って昼寝がしたい、それだけを考えて。今日は修行日ではないから、なおのこと、めんどうなことは手短に済ませて帰ってしまいたい。
どうするかなぁ。
頭の中で言われるであろう言葉を予測して、自分の中にある簡単な応答集を復習しておく。 一緒にお祭りに行きませんか。
家族で行くつもりだから。
そこで女の子は口ごもるから、あと一言二言、誘ってくれてありがとうだとか言っておけば、まぁお互い遺恨がなく、済ますことができるはずだ。家族の部分を、確実についてくるであろう、母ちゃんとばあちゃんと言い切ってしまってもいいが、めんどうだ。ふんわりと誰と行くのか隠しておくにかぎる。人が多いから行く気になれないけど、お祭り事が大好きなばあちゃんに引きずられて、ちょっとぐらい行くかもしれない。口うるさい女ばかりになるが、女子と連れ立って行く気は微塵もない。こういう時に、自分と一緒にサンドバックになってくれるであろう父ちゃんがいればと思うけれど、父ちゃんは主催の立場の人だからそもそも来れない。祭当日に、どうやって家の中でゴロゴロするかを考えるのも、一苦労だ……。
お誘いのことなんて忘れて、シカダイが必死に家に残る方法を考えていると黒く長い髪の女の子が校舎の影から出てきた。
話したことのないクラスメート。いつも、教室の隅で、同じように暗そうな女子と話しているイメージがあるぐらい。名前ぐらいは知っている。だけど、それ以上は知らない。あぁ、後は何回自分に告白してきたか……ぐらいか。この子はまだ1回目だが、校舎裏に呼び出されるのは通算3回目だ。
確か前に呼び出された理由は、借りたハンカチを返したいとかだった。また声をかけられるのがめんどくさかったから「それ、そのままやるかる」と言ったにもかかわらず、丁寧にアイロンをかけ、手作りのお菓子もつけて返してくれた。しかし、だからといってシカダイの心が傾いたわけではない。そもそもハンカチを貸したのは告白のお断りをしたら泣き出してしまったって状況で、ふと父の「困っている女がいたら助けてやれ」という教えを思い出したからだ。その時は自分でも驚くほど、自然とハンカチを差し出していた。
告白して、ハンカチを返すためだけに2回も校舎裏に呼ばれる気持ちにもなってほしい。
女子はぱたぱたと走りながらシカダイの目の前へとやってくる。けれど、がっつりと前に来るわけでもなく、少し、間をあけて。
「あの、シカダイくん、待たせてごめんね」
オドオドしながら喋るその女子には、良い印象も悪い印象もない。遅れてきた理由など知らないが、何か告白プランがあってとかいった様子ではなさそうだ。
「別にいいよ。さっき来たところだし。で、何?」
これでもう家に帰れる。
そうは思っても、ここから先が重要だ。イライラしているのを察せられると、口ごもって話がちっとも進まないし、ここはできるだけ負担にならないように話しかけるのがベストだ。
「突然になっちゃうんだけど」
顔を真っ赤にし、視線を地面に向けて、上着の裾を指先でいじる。見慣れてしまった光景だった。すう、と目の間の女の子は胸をふくらませる。
「今度のお祭りに一緒に行ってくれませんか!」
「あー……。誘ってくれて、ありがとう。でも家族で行く、って約束してるから」
悪ぃ。
事前に復習した応答集通りにそう言うと「わたしこそごめんね」と、彼女は消えそうなか細い声で言う。最後の方は少し、涙声になっていた。けれど、今回はまだ、泣いていないようだ。
気まずい雰囲気が二人の間に流れる。
さっさと家に帰り、シャワーを浴びてそのまま昼寝でもしたいところだ。だから、このまま去ってしまってもいい……。しかし……。
シカダイはボリボリと後ろ首をかくと
「普通に教室で話しかけてこいよ。ここまでくんの、めんどくせーし」
そう言い渡してから、女の子の横を通り過ぎる。
別に友達になりたいわけじゃない。告白されても、いいよと答える気もさらさらない。言葉の通り、家路に着く前にわざわざここに寄らなければいけないのがめんどうなだけだった。