テマリが美味そうにザリガニを喰らった帰り道。
「暇だ」
テマリがオレの背中で体を伸ばしながら、しなやかな毛でオレの体を撫でる。子どもたちが乗っていたその場所に、今度は母親が乗っているなんて少し変な気がした。
「暇って……冬支度とかしねぇのか?」
「しない。いつも通りだよ。エサを探して食べる。それだけだ」
冬も水の中に入るんだぞ、とテマリは小さな鼻を鳴らして言う。冬眠している生き物を見つけるのは、それはそれで大変らしい。
二股に別れた角を縦に振って返事をすると、テマリは柔らかい手で根元をきゅっと掴む。
「この角、鬱陶しいな。出会ったころはなかったのに」
「仕方ねぇだろ。雄の大人のシカには生えるんだから。……アンタが寝なくてよかった」
「あぁ、でもだからと言ってこっちに来るなよ。お前は自分の群れはどうしたんだ。シカは群れを作るんじゃないのか?」
「オレは……」
頭上を見上げると、木の先端が緑から赤に変わっている。太陽も陽気ではあるが、夏ほど厳しくない。吸う空気にも変化は感じていた。もう少しでオレも子どもを作る季節がくる。
「オレ、そのうち会えなくなるかも」
去年は、母ちゃんと過ごしていた。
オレたちシカは、イタチのようにぱっと親離れができない。群れが重なるとどうしても、母ちゃんの方に体が勝手について行ってしまう。けれど母ちゃんから離れると決めたのは、去年の秋、ナワバリをボスであるオヤジが母ちゃんのところに来た時だった。
「いつまでここにいるつもりだ?」
と聞かれた。
いつまで? 確かにそうだ。いつまでもここにいるわけにはいかないことは、よくわかっていた。
その時にオレは、大人の雄としてオヤジについていくことにした。今考えれば、母ちゃんの元を去るタイミングを、ずっと、探していたのかもしれない。
「どうした、山にでも行くのか?」
テマリの弾んだ声が、今へ戻す。テマリも山へは行ったことがないから、そこでの話を期待しているのはよくわかった。
「ちげーよ。ただちょっと」
「ちょっと?」
大人の雄としての秋、何があるのかさっぱりわからない。けれど
「いや、もうすぐ秋だから」
母ちゃんの「しゃんとしなさい」という説教がやけに耳の中に響いた。