奈良家のバレインタイン事情6:奈良夫妻の場合【完】

※文化的なところで捏造モリモリです
※奈良家のモテ事情と同じような話です。
※遅刻してすみません……

 新たな家訓が決まったところで、テマリはシカダイを風呂場へと追いやると、シカマルに新たな茶を淹れてやった。
「とりあえず、落ち着きな」
 という言葉と一緒に。
 シカマルはシカマルで、テマリへカードたちを返す。
 このカードの贈答はテマリが
「我愛羅たちには砂の流儀でバレンタインを祝いたい」
 と言うのだから始めたことだった。それに乗っかってきたのが黒ツチたちを始めとする元忍連合の面々だ。結婚してからテマリが黒ツチに「今年はカードの準備が忙しくて」と漏らしたところ
「面白そうだから、あたいにも混ぜろ」
 と強く言ってきたのだ。そうやって黒ツチを中心に、元忍連合へと飛び火していって、今では毎年送られてくるようになった。シカマルはテマリと夫婦になったこともあり、カードの差し出し人は連名ということにしていたが、カード自体はテマリのものだという認識がある。
 だから、茶を零していないかどうか心配だったのだが
「我愛羅のカードが無事だったらそれでいい」
 とあっさりと言う。
 それならばそれで、で終わらないのが今年のバレンタインだ。先ほどのシカダイの話を踏まえると「イケてる派」の妻は、まだまだ現役だ。そうなると、個人名で出しているはずのカードも多くあるはず。
「ところでアンタ、個人では今年はそんだけだったのか?」
 つまらない男の気がかりだが、知らないままとはいかない。
「まさか。去年と同じぐらいきてたよ」
「そうか……」
 湯呑みの表面をシカマルは親指で擦ると、それ以上は何も言わず茶を飲む。
 そっちのカードにはどういったことが書かれているかなんてシカマルの知るところではないが、いつになったらテマリの人気は衰えるのか、不思議に思うところではある。
「安心しな。教え子たちが近況報告してるだけだから」
「あぁ、そういう」
 メールでやりとりをするほどでもないが、きっかけがあらば一言二言は伝えたい相手。歳をとれば、そういう付き合い方になる。シカマルにも覚えは、ある。それがこの世の人とは限らないが。
 しかし、まだもやもやとしたものが残っている。何かを忘れているような、とシカマルが考えてとまだ、テマリから自分へのチョコレートやカードに値するものを貰っていないことに気がついた。
 夕飯の席で、シカダイが朝食のおまけにカップケーキなるものをつけてもらった話を聞いて「羨ましい」と心少なからず思ってしまった。それがあり、ひょっとしたらと夕飯が終わった後も食卓に居座ってみたが、甘いものなど一切出てくる気配はなかった。
 まぁ、結婚してそれなりにたてば、いつかなくなるものだ、とはシカマルは思っていたが前触れもなく……というのも、少しさみしいものがあった。
 無言でシカマルが、なみなみと注がれた茶を少しずつ吸い込んでいるとコトンと突然、小さな白い木箱が目の前に置かれる。
「ほら、シカマル。バレンタイン。ちょっと、遅れたけど」
 恥ずかしそうにテマリが箱の蓋を外す。恭しく開けられた箱の中にはピンクの薔薇が眠っていた。
 細い糸が絡み合った緩衝材のベットの上にいる、薔薇は薄い花びらを満開にして咲いており、濃い緑の葉が傍に添えられている。一見すると本物のように見えるが。
「いつ帰ってくるかわからなかったから、日持ちするチョコレート細工にしたんだ。お前、甘いもの嫌いだし丁度良いだろう? たまには目で見るのも良いかと思って」
 菓子だとわかっているものを目で楽しめるような感性は、シカマルは残念ながら持ち合わせていない。音のおたまじゃくしも、この齢になっても理解できていない男だ。美術だとか芸術だとかいった、感覚の世界のことは苦手なままだ。
 だから
「……食えないことはないんだろ?」
 テマリにたずねる。
 短絡的だとは自分でも思っていることだが、大事な人のバレンタインの贈り物を、食べられるのであれば食べてしまいたい。
「あまり味は良くないぞ」
 一応はテマリの忠告をうけるが、シカマルは薔薇を取り上げると、躊躇いなく口の中に放り込む。
 テマリの言う通り、味は良くない。硬くなって花弁は口の中のいたるところに刺さることもあり、期待していたような美味いものとは違うが、十分だった。
「お前、本当に食べたのか」
 呆然としているテマリにシカマルは
「食えないことがねーなら、食ったらいい」
 葉の方にも手を伸ばすと、それも平らげてしまう。すぐに空になった箱の中を見てテマリが
「また今度、ちゃんとしたやつ渡そうか」
 そう申し出るが、シカマルはそれを拒否する。
「いや、これでいい」
 今日貰うことに意味がある。ひまわりが影分身でもいいから、ナルトに渡したかったのと同じように。
 シカマルが細かな破片を流し込むために茶を飲むと、口内に少しだけ痛みが走った。
 

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