奈良家のバレインタイン事情5:新しい家訓

※文化的なところで捏造モリモリです
※奈良家のモテ事情と同じような話です。
※遅刻してすみません……

 紙袋いっぱいに、色とりどりの包装紙に包まれたチョコレートを憂鬱に思いながらシカダイは薄暗くなった帰路についていた。あれから何度呼び出されて、何個もチョコレートを受け取った、その結果の積み重ねが、これだ。
 それでも、片腕で済んだだけで自分はまだマシであるとは思っていた。いのじんは両腕に紙袋を抱えて帰ることになったのだから。
 しかし個数の問題ではなく、これを今から食べなければならない、という事実がシカダイの胃に朝からのしかかっていた。テマリから朝もらったチョコレートのカップケーキだけで今日の甘いものの摂取は十分なシカダイにとっては、甘いものは好物でははない。だから帰ったら、日持ちがするものとしないものからの分類を始めなければならない。それから、一日にいくつ食べるかも。
 貰ってこいとは言うが、完食しろとまではテマリは言わない。しかし、雰囲気からそうしなければならないことを察していた。
 一週間以内に食べ切れるかどうかを自分の胃と相談しながらシカダイが歩いていると、通りを曲がったすぐのところで手ぶらの自分と同じく上向きの一本縛りをしている男を見つけた。背中には同じ奈良一族の紋が入った上着を着ている。
 シカダイは久しぶりに見た、その男の元へと駆け寄る。
「父ちゃん、おかえり」
「シカダイか、おかえり」
 大事な会議が近いから、と言ってシカマルが家にいることはほとんどなかった。それに、火影邸まで使いに行くとこもなかったから、顔を見たのは数日ぶりか。
「もう帰ってきていいのか?」
「あぁ、バレンタインとかいうやつのせいでな。みんな、仕事にならないもんだからよ」
 呆れたようにシカマルは言うと、シカダイが持っていた紙袋の覗き込む。
「やっぱりお前、テマリの血か」
 小さくつぶやくシカマルはどこか寂しそうにも見える。しかし、シカダイは
「何がだ?」
 それには一切気づかず、言葉だけを拾い上げる。
 シカマルはじっとシカダイの顔を見つめると
「いや、何も。早く帰ろうぜ」
 そう言って、シカダイを急かした。そのシカマルの足取りは軽かった。

*****

「シカダイ、冷蔵庫に空きを作ったから、そこにもらったやつ入れときな」
「ウィー」
「手作りのやつは早めに。既製品は後に回したらいいから」
「わかったよ」
 食後の食卓の上で、シカダイは貰ったもののをばら撒いて仕分けを行おうとした。けれど、手が動かないのにはワケがあった。
「なぁ、父ちゃん。なんだよ」
「なんもねーって」
 ぬる茶を啜りながらじっとシカダイを見つめる、シカマル。
 帰りに紙袋を見てから今まで、ずっとこの調子だ。ときおり、テマリの方も見てはため息をつく。
「父ちゃん、やめてやんな。後、こっち見るのもやめろ。気が散る」
「はいはい」
 はいは一回、とまでテマリに叱られて、ぬる茶を啜るシカマルはしぶしぶといった様子であった。けれど、今度はシカダイが丸めていく包装紙に目を向けていた。
「なぁ、テマリ」
「なんだ」
「いや、特に」
「そうか。ところで、あいつらからカードが届いたぞ。読むか?」
「……そうするわ」
 テマリから手渡された四枚のカードを、シカマルは無言で読む。
「黒ツチ、この一言だけかよ」
「まぁ、影は忙しいだろうからな」
「ダルイは結婚か。サムイとだっけ」
「そうそう。影の結婚だからな、里をあげての結婚になるんだと。カルイが言ってた」
「長十郎は……変わらねーなァ」
「そういったところが先代の目に止まったんだろう」
 テマリとやり取りを交わしながら、シカマルが一枚ずつ見ていると最後のカードに手が止まる。
「一年でこんなにデカくなるもんか」
「シカダイだって伸びたんだ。そりゃあ、伸びるだろう」
「なぁ、シカダイ。このカード見たか?」
「どれ」
 シカダイが手を止めて、シカマルの差し出したカードを注視する。そして「ふぅん」とだけ言うとまた、作業に戻っていく。
「ま、そんなもんか」
「あまり会わないからな」
 シカマルがカードをまとめ直してテマリに渡すと、シカダイが包みが剥かれた菓子類を持って立ち上がる。そして冷蔵庫の方へ向かうとそれらを中にしまい、一つ伸びをして体をほぐしていく。
 シカマルはその姿を見てふと、その昔、サスケが女子たちからワーキャー言われながらチョコレートを押し付けられている姿を思い出していた。イケてねー派を自認しているだけあってシカマルはその姿を傍観しているだけだったのだが彼もまたシカダイと同じように、家で貰った菓子類を日付ごとに分類していたのかもしれない。
 ただ貰うだけとはいかないのが、バレンタインなる行事の憎らしいところなのだろうか。 
「モテるっつーのも大変なんだな」
 シカマルが小さく零すと
「「は?」」
 声を重ねたのはシカダイとテマリだ。意外そうな顔をして、二人はシカマルを見ていた。
「貰うっつうのもめんどくせーとは思うけどよォ、それを持って帰ってきてこんなことまでして消化するってのもめんどくせーなと思って」
「父ちゃん、昔はオレよりチョコを持って帰ってきてじゃねーか」
「オレのは付き合いだ。本気のやつなんていねーよ」
 シカマルが呑気に茶を啜ると、テマリが待ったをかける。
「お前、気づいてなかったのか?」
「何をだ」
「私が食べてたのは、毒味をしてたからだぞ」
「は?! マジかよ!!」
 初めて聞かされた事実にシカマルが閉口していると、それに続いてシカダイも新たな事実を伝える。
「てか、母ちゃんも気をつけろよ。やまなか花の予約、男から母ちゃん宛のやつがあったって、いのじんが言ってた」
 シカマルがブッと茶を吹き出す。
 自分の妻がいわゆる「イケてる派」であることは知っているし、対応にも慣れているのはわかっていたことであるが、何もバレンタインにわざわざ男から送らなくても良いのではないだろうか。
 気管に入った茶にむせていると
「あぁ、今流行ってるやつな。でも、そんなやつ見ていないぞ?」
 テマリが落ち着いてシカダイへ返事をする。
 動揺しているシカマルをよそに、テマリは全く違うことを考えていた。
 バレンタインに向けての注文だったのならば、今日中になんらかの接触があってもおかしくない。実際、今日はやまなか花へ昼間に出向いたし、帰りに買い物だってしたが、そんな男は現れなかったし、いのからも貰うことはなかった。
「いののおばちゃんが断ったから、なくなったって。かなり豪華なやつを頼もうとしたらしいんだけど、父ちゃんがバレンタインは受け取らない主義になったからっていうんで、おばちゃんも泣く泣く断ったって」
 あぁ、なるほどとテマリが納得した表情を浮かべている向こうで、シカマルは安堵していた。
 二人の様子を見てシカダイは、これがサラダの言っていたことなのかもしれないと感じていた。
 モテるだなんだという話になった途端、慌てて平静を失った父に、終始落ち着いている母。サラダ曰く、自分は後者らしいが確かに、この程度のことは慌てる必要はない。
 帰り道に父が言っていたのは、そういうことだったのかとシカダイが思っていると、シカマルが大きな咳払いを一つする。
「わかった。こうしよう。今度から誰も貰うな。仲間からだけ貰え」
「そうだな」
「まぁ、父ちゃんが言うなら」
 家長の言うことは絶対。
 シカダイは、やっと来年からきっちり断れることに安心した。

こうして『バレンタイン、知らぬ人にから貰うべからず』という新たな家訓が奈良家に追加されることになった。

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