奈良家のバレインタイン事情2:シカダイの場合

※文化的なところで捏造モリモリです
※奈良家のモテ事情と同じような話です。
※遅刻してすみません……

「今年は平和だなァ」
「まぁ、ボクたち朝早くから来てるからね」
 閑散とした教室の中には、人がまだ誰もいない。昨日はあれから二人で話し合って、受け取るのはちゃんと面と向かってきた女子だけにしよう、と朝に積まれるチョコレートへの対策を企てたのだった。
 しかし、暇は暇である。
「オレ、寝るから」
 ふわぁと大きくあくびをして、シカダイが机にうつ伏せになるといのじんが
「寝たら、周りにチョコレートを積まれるよ」
「お前が止めてくれないのか」
「嫌だ。ボクの暇つぶしの相手になってよ」
 起こしてくる。
 朝にチョコレートが積まれている方がマシだったかもしれない、と思いながら「やまなか花のバレンタインの予約状況がパンパンになっている」という話を聞かせられた。
 木の葉の里に伝わっているバレンタインの形式は女から男に渡すのが当たり前だが、別の国では男から女に花束をということもあるらしい。どこの国かは聞き漏らしたが、雑誌か何かでそんなことが特集されて今年は、彼氏とやらに花束をねだる彼女が増えたとか、なんとか。
 そういえば砂隠れ出身である母は、毎年チョコレートとは違う何かをバレンタインに受け取っていたような気がする。
 しかし、興味がない。
 シカダイはうんうん、と頷いているうちに教室には徐々に人が集まりだす。今のところ獲得チョコレートは0。
 今年はどうやら無事にチョコレート山積みの恐怖からは脱することができたらしい。ずっと座り続けていて、運動がしたくなったため
「ちょっとオレ、トイレ行ってくる」
シカダイがそう告げるといのじんも同じだったのか
「ボクも」
 一緒についてきたがる。ひょっとしたら自分たちが席を離れている間に積まれているかもしれないねなんて話はしたが、短時間で他人の目に晒されている自分たちの席の上に置くのは猛者ぐらいものではないだろうか。
 シカダイがいのじんと席から離れたのは、わずか五分ばかり。ほんの少しの間に、見事チョコレートが山になっていた。いのじんの机の上で。
「うわ。マジかよ」
 小さく呟いたのは隣のいのじんだった。でも、
「いのじんガールズたちは、やる気満々だからなぁ」
 シカダイは自分の机の上に何もないことに、胸をなでおろした。
 量はやっぱりいのじんの方が、多い。おそらくお返しの花を目当てにしている女子もいるのだろう。見麗しい男子に、一輪の花を渡してもらえるのは例え義理でも受けたい行為らしい。その花が、やまなか花の売れ残りの花でも。
 朝、母から持たされた紙袋の中にチョコレートを投げ入れながら、シカダイが
 「いのじんガールズはこえぇな」
 と感想を述べる。自分の分は積まれているといってもたかだか五個程度のもので、おそらくはいのじんガールズのおまけだろう。ついでに隣のやつにも渡しておけ、と思った女子がいるらしい。
 シカダイの言葉にいのじんはちらりと教室のドアの方へと視線を向けると
「どうだろうね。シカダイガールズの方が大胆だと思うけど?」
 教室の外で紙袋を腕に抱きしめている、下の学級のくノ一とその付き添いの女の子たちを見ていた。別の誰かのところへ来たのだろうと思っていたのだが、紙袋には鹿のシールが少しよれて貼られている。このクラスで鹿を連想させる人間は、シカダイしかいない。
 真ん中の女の子は周りの友達に励ましてもらっているが、どうやら緊張しているのか顔を真赤にして震えている。そして、やっぱり無理だと思ったのか一度はドアから離れる。しかし、すぐに彼女は引き戻された。
 ボルトによって。
「シカダイ! この子が用事あるってよ!」
「わかった」
 小さな妹のいるボルトにとって、その女の子は気のかかる存在だったようで、声をかけてくれたようだが貰う個数は減らしたいシカダイにとってはありがた迷惑だ。
 シカダイは紙袋が床の上に置いて、教室の外へと出ると自分より頭が一つ小さい女の子が、周りの子の声援を受けながら、胸の紙袋をシカダイへと両手で突きつける。
「あの、シカダイ、先輩! これ」
 その姿が可愛らしいかと言われれば、そうでもない。けれど、女の子が一生懸命作ったであろうものを無下にするなとは母からきつく言われている。
「あぁ、ありがとう。家に帰ったら、大事に食うな」
「ありがとうございます!」
 チョコレートの受け取り自体は難なくやり過ごしたが、問題が一つだけある。
「何もらったんだ? シカダイ」
 自分の代わりに席に座っているボルトだ。にやにやとしながらこちらを見ている。暇なのか、それとももう可愛い妹からチョコレートを貰っているからか、余裕のある素振りで。
「チョコレートだろ」
 紙袋の中に貰ったばかりの紙袋をしまう。誰からもらったものかはわからないが、おそらくそれは中に同封されている手紙で判明するだろう。
「わからねーってば。ウチのひまわりは昨日、クッキー作ってたし」
「まぁ、家帰ってから開けるから」
「つまんねーの。開けたらよかったのに。そっちの方が喜ばれるんじゃないか?」
 面倒なやつに絡まれた、とシカダイが思っていると予想外のところから助け舟が出される。
「そんなことされたら、倒れちゃうわよ。ウチのママみたいに」
 大きめの箱を三つ抱えたサラダがそこにいた。
「いのじん、シカダイ。これ、私とママから。あと、ボルトの分も」
 ご家族でどうぞ、だってと箱を一つずつ自分たちへ手渡す。
「やったってばさ!」
「ありがとう」
「悪ぃ」
 各々感謝の言葉を述べて貰うと、じーっと三人を見比べてサラダは納得したように頷く。何を納得したのかはわからないが、よからぬことであることは間違いない。
「なるほどね。いのじんとシカダイはモテるわけだ」
 くいっと眼鏡をあげていかにも、分析完了と言わんばかりの風体だ。
「は?! どういうことだってばさ!!」
 声を荒げるのは、モテないと言われたボルト。ここまでの食いつきには、いのじんとシカダイも思わず苦笑いがでる。
「アンタはどう見ても、もらい慣れていないのよ。やったって何よ、やったって。それに比べていのじんとシカダイは冷静に受け取ってたでしょ。いのじんは巷で噂の王子様スマイルで受け取ってくれるし、シカダイもポケットから両手を出してちゃんと貰ってくれる。そういうとこに、女子は敏感なの」
 そして、特別感が大事なのよ、特別感が、と付け足す。
 サラダの言う特別感が自分たちに出ているかどうかはわからないが、少なくともボルトのように貶されて終わり、というわけではなかっただけとりあえず、マシか。しかし、目の前の金髪の男は女子に興味がなさ気に見えてもそれなりにショックを受けているらしい。
「まぁ、どうだっていーだろ」
「そうだよ。ボルト、まだ一日残ってるしボルトにもくれる子がいるよ」
 なぜ、自分たちが励まさなければならないのだろうか。
 シカダイがそう思っていると、大きな紙袋を抱えたチョウチョウが「どいてー」と脇を通っていく。明らかに大きすぎる包みにボルトは目を丸くさせる。
「は?! お前ら揃いも揃ってどうなってるんだってばさ! 何貰ったんだ?!」
 そう叫ぶと、シカダイやいのじん、チョウチョウを交互に指差して「ありえないってばさ」とつぶやく。それがチョウチョウの気に触ったのか、少しムカッとしながら
「そいつらのことは知んない」
 冷たくボルトをあしらう。しかし、チョウチョウが抱えている荷物の中身が気になるのはいのじんもシカダイも同じだった。
 どれほどのチョコレートがあの中に入っているのか。まさか段積みのケーキとは言わないはずだ。
 アイコンタクトで会話しているとサラダが嬉しそうな声をあげる。
「あー! きたんだ!」
「そうそう! ママがいなかったからあちしが代わりに受け取ってきたの!」
 チョウチョウも声色を変えて、サラダに返答する。それを見て、シカダイが
「なんだ、それ?」
 尋ねるとチョウチョウは、聞いてくれましたかと言わんばかりに中身の説明を始める。
「オモイさんが送ってくれたチョコファウンテンの機械! あちしんとこ、今日がママが誕生日でしょ? だからバレンタインもまとめて、夜にチョコファウンテンすんの。超楽しみー! サラダも今度やろうね!」
「うん。何か持っていくね」
 話を続ける女子二人の横で、男子三人は渋い顔をする。
 ボルトの方はなぜかはわからないが、シカダイといのじんは脳裏にチョウチョウとチョコファウンテンの記憶がかすめていた。
 一度、無理やり連れて行かれたスイーツ食べ放題の店でチョウチョウは、チョコレートのついたマシュマロやフルーツが乗った皿を二人の目の前で、文字通り吸い込んで見せた。座って、息もつかぬ間になくなった皿の中身は、すぐに新しいものに変わったが……。チョウチョウはそれもすぐに吸い込んでしまった。
 あれが秋道家で今晩、大食では娘を遥かに凌ぐ、チョウジも見せるのか。
 今日、貰ったチョコレートの後処理のことも相まって想像だけで、二人ともすでに胃もたれを起こしていた。

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