3.真夜中の即席茶碗蒸し

※自分向けに発行したコピー本の再録です。
シカテマの幼少期~新奈良家までを、ごはんの視点でお話にしただけです。


 腹が空く時は、夜中でも空くもんだ。
 連合会議が長引いたせいで今日の夕飯は、そこらの商店で買った、中身がスカスカの弁当だった。腹に五分も満たなかったせいで、どこかに食べに行こうかとも考えたが濡れた外套を着てまた街をうろつくのも、めんどうくさい。
 でもそれよりもめんどうだったのは、目を覚ますほどのこの空腹の方だ。どうせ、もう一眠りすれば朝が来て、根城にしている安宿の食堂が開く。その時にまとめて食べたら良いだろうに、オレの胃はぐるぐると鳴り続ける。何度かベッドの上で寝返りをうって誤魔化そうとしてみるけれど、それでも腹が鳴る方が気になってしまう。でも、せっかく温めたベッドから出て行くのもめんどうくさい。それに宿を出るつもりがなくて、風呂にまで入ってしまった。
 あぁ、チクショウ。明日こそ早く会議を終わらせて、イイもん食うか。
 そう思って、掛け布団を蹴り上げるのにさほど時間はかからなかった。どうあがいても、腹の音はうるさいままなのだ。
 さすが寒国であるだけに、安宿でも空調はよくきいてくれる。しかし、それは部屋の中だけで、他の宿泊客と共用している廊下は外ほど寒い。
 部屋に追いやった荷物を漁って、寝間着の上から一枚羽織るものと、それからカラフルなパッケージの器を取り出すと、オレは無言で部屋を出る。
 新雪積もる、鉄の国に持ち込んだのはインスタントのカップラーメンだった。ナルトがやたらとオススメしてくる、最近話題のやつ。興味はなかったが商店の棚に、筆文字でデカデカと書かれた『とんこつ味』の魅力に負けて非常食にと持ってきてしまった。どこかで食えりゃいいかなと思ってはいたが、まさかこんな早くにこいつを消費してしまうことになるなんて。
 階の端にある、シンクが錆び付いた給湯室にお湯を拝借したらすぐ戻ろうと思ったのだが、そこから暗い廊下へと光が漏れている。どうやら先客がいるらしい。
 会議のメンバーも、大方はこの宿を使っているからそのうちの誰かだろう。さしずめ、オモイか長十郎か。どっちに会っても、特に問題はない。二人とも、あまりおしゃべりではないから、すぐに部屋に帰れるだろう。
 オレが給湯室の暖簾をくぐると、チーン、と何かの温めが終わった音がして、電子レンジの前に女がかがみ込んでいた。見知らぬ人ではない。しかし、めんどうな女だ。
「アンタ、こんな時間に何やってんだ?」
「お前こそ」
 オレと同じように、寝間着姿にカーディガンのようなものを羽織っているテマリは電子レンジの蓋を開けると、中から平たい湯呑みを取り出す。
 その手元からふわりと香らせるのは、海の芳醇な良い匂い。
「だし?」
「あぁ、茶わん蒸しを食べてるところなんだ」
「は? 茶碗蒸し?」
「五分もあれば、簡単に作れるからな。最近、カンクロウや我愛羅たちとよく食べていたんだ」
 ほら、と傾けて見せてくれた湯呑には、薄黄色の艶やかな平原が広がっている。表面からたっている湯気が鼻先をかすめると、海の、だしの匂いが鼻腔をくすぐる。
 けれど、それだけだ。他の匂いが全くしない。
「具は?」
 オレが聞くと
「……夕飯の残りとか入れるとうまいぞ」
テマリはそれだけ言って、湯呑みの中へ乱暴にスプーンを刺した。
 食べ物の匂いを嗅いだせいで、空いている胃の中が気持ち悪く感じてくる。急いで、手元のカップラーメンのパッケージを捲ると、中の小袋を取り出して、備え付けられていたポットから湯を注いだ。かやくの袋を開けて、適当に湯面の上へ散らしたら、蓋の上にスープの素を置いて、それから五分待てばいい。スープの素は後だ。
 しかし今はその五分も長いように感じられるしそれに、この狭い給湯室でテマリと過ごすことも今のオレには都合が悪かった。
 いつ話し出すか。
 それを迷っているとテマリが
「お前こそ、体が資本なのにカップラーメンとはな」
湯呑みから茶碗蒸しを掬い上げて、ちゅるんと口の中に吸い込む。
「手軽だからなァ。アンタ、茶碗蒸しの材料なんてどこで買ってきたんだ? この辺の店、全部閉まってただろ」
「宿に帰ってくる前に、温泉卵用にバラ売りされてる卵を買ってきただけだ。出汁は粉末のものを持ってきたし。簡単に作れるんだ、これ。味は弟たちの保証済みだ。お前も食うか?」
「アンタの分が減るだろ」
「構わないよ、別に。私は体を温めるついでに何かを食べておきたかっただけだ」
 テマリは「ほら」と茶碗蒸しがのったスプーンをオレに差し出してくる。出汁の香りを漂わせながら、ぷるんとした体を揺らすそれを食べない、という選択肢はなかった。
 口元にまで寄せられていた茶碗蒸しの魅力は、凄まじい。オレは迷わず口をすぼめると口の中へ引き入れた。熱々のそれは歯で噛まなくても舌で動かすだけで崩れていき、飲み込むとほんのりと海の匂いを残して消えてしまう。
 具がなくても、それなりに、うまい。
「うまいな。これ」
「卵を割って、出汁をいれて混ぜるだけだけどな。深夜に仕事してる時なんかに、ちょうどいいんだ。甘い物が苦手な我愛羅でも食べられるし、洗い物も少ない」
「ふーん」
 残り香を舌で転がしていると
 この人がここにいるのには、まずい理由がある。前に鉄の国に来てから、送った手紙。
 まだ、それの返事を聞いてないからだ。
「……ところであの件、考えてくれたか?」
 冷えた手で後ろ首をさすりながら聞く。
「お前のところに嫁に行くって話か? 構わないよ。カンクロウも我愛羅も、お前のところだと安心だと言ってくれた。近いうちに、正式な文書で返す。に、しても大胆な手できたな。お前」
「仕方ねーだろ。風影様が大事にしてるっていう、砂のオヒメサマとやらをもらうには、こっちからそんぐらいしねーと色んなとこへの体裁が悪ぃだろ?」
「お前、体裁なんて気にできるようになったのか」
 テマリはくつくつと笑うと、湯呑みの中に入っていた茶碗蒸しを掻き集めてまた、オレに差し出す。
「ほら、私の作る味が気に食わないんなら、今からでもお前のところに断りをいれるよう、我愛羅に言っておくが?」
 つゆに浸った茶碗蒸しは、つるんと飲み込めてしまうほど冷めてきている。
「バカ言え。こればっかりは、逃げねぇって決めてるんだ」
 湯の入ったカップラーメンの容器の底を持ち上げて
「このままオレの部屋来るか? ここだとさみーだろ」
テマリに尋ねれば
「腹いっぱいになった後、何もしないか?」
悪戯っぽく笑われながら返されてしまった。

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