※自分向けに発行したコピー本の再録です。
シカテマの幼少期~新奈良家までを、ごはんの視点でお話にしただけです。
木の葉崩しが終わった後、私たち兄弟の関係は少しずつではあるが変わり始めていた。
任務、任務の毎日でゆっくりと話す時間をとることはできなかったが、その忙しない中に私たちは身を置いていても、なんとか距離を縮めようと個々に努力をしていた。
我愛羅とカンクロウ、それに私の三人で任務に行くことがまだ許されているから赴いた先で話す、任務に対する考え方や、作戦の立て方、意見の求め方。そこから、ぎこちなくはあるけれど、「どうして?」「なぜ?」を通して相手が何のことを考えるようになっていた。
やり方としてこれが正しいかどうか、私にはわからない。そもそも私も弟たちも、言葉にして自分の気持ちを伝えるのは苦手なのだ。一番、自分の感情に実直に見えるカンクロウだって「実は……」と、本心を語り出すのはいつも全てが終わった後だ。
私たちは、どういった状況に自分を置くことになっても「本心を口にしてはならない」とずっと教えられてきた。それが、里の上に立つものとしてあるべき姿だとも。実際に、ウチのオヤジがそうだったように。
その考えが正しかどうかは、今の私には判断できない。けれど確実に、家族と接する上では間違えていることは三人とも口には出さないが、感じていた。だから、毎日の中でちょっとずつ「ありがとう」「ごめん」と「おはよう」「おやすみ」、それに「ただいま」「おかえり」の応酬の数を増やしていった。一言で済んでしまう、ささやかだけれど、大切なこと。小さなことだったのに、それは私たちの関係を良い方向に進ませてくれた。
不器用な三人がなんとか寄り添い合おうとした結果、今は、台所で、あの、我愛羅が、あのカンクロウから何か教えを乞うようになっていた。屋敷に設置されているものは、他の階にある給湯室とほとんど変わりがないほど簡易なもので、無骨な作りなのだがそこは今の弟たちにとっては何よりも楽しい場所になっているらしい。
離れた、私の部屋にまでカンクロウが
「あぁ! 我愛羅、違う違う! 砂は使っちゃダメじゃん! スイッチが壊れる!」
と何かを叫んでいる声が聞こえる。正直、扇子の手入れをするのに集中できないから大声はやめて欲しいと思う。しかし、我愛羅が必死になって、カンクロウと何かをしているということが私には、頬が緩んでしまうほど嬉しいことだった。
普通の兄弟みたいだ。
私とカンクロウは一緒に育ってきたから、朝起きたらそこに居て、「呼んでも来なかったから」なんてつまらないことでケンカしたり、「探し物が無くなったのはお前のせいだ」と言ってイチャモンをつけたり、といったことが当たり前のことだった。だから、カンクロウといることに今さら何にも思わない。けれど、そこに今まで別邸に住んでいた我愛羅がテーブルの向かい側で
「カンクロウ、落ち着いて食え」
「テマリ、水をとってくれないか」
と声をかけてくれるのが、なんだか、まだ、少し、むず痒い。最近、一緒に住むようになってから、我愛羅は全く料理ができないことや、せめて体だけでも休めたいからと長風呂を好んでいるなんて、兄弟で家族なのに、知らないことがたくさんあった。
食器の後片付けを一緒にしたり、我愛羅が寝てしまわないようにカンクロウと二人で交代に起こしたり、時には目玉焼きに何をかけるかで三人で小さなケンカをしたり。
そんな、どこにでもいるような、思い描いていた、兄弟の姿。
台所に篭っている二人が何を作っているかは知らないが、木の葉崩しの前では考えられない光景だ。我愛羅とカンクロウの二人が並んで任務に関わらない、何かをしているなんて。それもこれも、我愛羅が変わるきっかけを作ってくれたアイツのおかげだ。
うずまきナルト、ありがとう。
届かない、感謝を心のなかで木の葉の里へと告げる。風にのせたらすぐに消えてしまう気がして、言葉には出さなかった。その代わり、いつか、どこかで、アイツに借りたものを返せたら。
扇子を閉じると、金属同士が触れ合う、カシャンと音がした。これで明日からの任務にも行く準備は万端だ。後は、何をして今日を過ごそうか。
先ほどまで大賑わいだった台所を見に行くのも良いかもしれない。今はシーンとしていて、気味が悪いぐらいだから。
壁に扇子をたてかけて部屋を出ていこうとすると、
「テマリー!」
ちょうど、カンクロウが私の名前を叫ぶ。何か不都合が起こったか、それとも?
急いで部屋を出て、走って台所まで行き、中を覗くとコップを持ってニヤニヤと笑うカンクロウと、無表情で握りしめている我愛羅がいた。
「どうした?」
「まぁ、いいからコレ飲め。そしたら、全部わかるじゃん」
そう言って、カンクロウはシンクの上に置いてあった、オレンジ色の液体がコップを私に突き出してきた。中身に覚えがある。あぁ、そうか。これは。
私は無言でコップを持ち上げると、口をつけて一気にそれを飲み干した。最初に口に飛び込んでくるのは、すっぱいレモンの味。そこにりんごの果汁が混ざって、優しく舌を洗い流してくれた後に、はちみつの甘さが広がる。
夜叉丸が昔、よく作ってくれた野菜と果物のジュースだ。子どもでも簡単に作れるからとレシピも教えてくれた。
だけど、私もカンクロウも夜叉丸がいなくなってから、作らなくなってしまった。柔らかくて、温かい思い出の中に留めておきたい味だったから。今だって、この台所でミキサーを使って夜叉丸が出てきてしまう。「同じ味ばかりだと飽きるでしょう?」と言って、たくさんのアレンジもしてくれた。その味は、全部、覚えている。
私が無言のままでいると我愛羅が
「どうだ?」
心配そうに声をかけてくれる。どっちが言い出したのか知らないが、こんな懐かしいもの飲めるなんて思わなかった。
「うん、うまいよ。でも、どうしてコレを?」
「久々に飲みたくなってな。でも、作り方がわからなかったから、カンクロウに聞いたんだ」
「我愛羅のヤツ、砂でリンゴを潰そうとしたんだぜ?」
「ふふっ」
まるで普通の兄弟だ。いや、普通の兄弟なんだ。私たちは。
「私も知ってたのに。我愛羅、次は姉さんと一緒に作ろう。実はちょっとしたアレンジもあるんだ。セロリはいれたか?」
「セロリ……?」
我愛羅は飲ませて貰えなかったんだろう。初めて聞いた、という顔をしていた。
「あぁ、少し苦くなるんだが、こんな暑い日には最高だよ。まだ材料が残ってるなら、今からやろう」
夜叉丸が教えてくれたことを、我愛羅に教えてやろう。だけど、兄弟史にある十二年の空白が作った、大きな穴はこれから一生をかけても埋まるかどうかわからない。たかだが十二年。されど、十二年。埋めていくには一生かかってしまうかもしれない。
「いや、ない」
「じゃあ、買い物からだね。一緒に行こう、我愛羅。他にもいろいろ、試してみよう。」
「そうだな。だけど、荷物が」
「荷物ならカンクロウが持ってくれるさ」
「はぁ?! なんでオレばっかり……!」
「つべこべ言うんじゃないよ!」
一睨みしてやると、カンクロウはググと唸る。
「じゃあ、行こう」
素直に頷く我愛羅を見られる日が来るなんて、少し前の私は思ってもいなかった。