※自分向けに発行したコピー本の再録です。
シカテマの幼少期~新奈良家までを、ごはんの視点でお話にしただけです。
「おい、シカマル。起きろ」
オヤジに足蹴にされて起きるのが、アカデミーが休みの日の定番だった。休みの日といったって、何も無ければオヤジはそんなめんどくせーことはしてこない。オヤジが容赦のなく足の指がオレの脇腹に突きさしてくるのは、修行のある、休みの日だ。アカデミーがある日に母ちゃんが優しく、手で、揺すって起こしてくれるのと大きく違う。
一人息子なんだぞ。もう少し大事にしちゃあくれないか。それとも、男というものはこんなに雑に扱われても大丈夫だと思われている、めんどくせーものなのだろうか。
「おきてる」
オヤジ、本気で蹴ったな。
しくしくと痛む脇腹を抑えながらベッドに座り込むと、オヤジは片手に持っていた風呂敷をちらつかせて
「おし、じゃあ着替えたら朝修行に行くぞ」
にかっと笑う。修行の道具ではない、その風呂敷の中身も、定番だ。
ダラダラしているとオレがオヤジにどやされるから、手早く準備を済ませる。髪を結んで、顔を洗って。朝メシを悠長に食ってる時間はないから、それはパス。洗面所からまっすぐ、オヤジと待ち合わせしている玄関にたどり着くと、オヤジはもうすっかり準備を済ませて、玄関の前でぼーっと突っ立っている。
「準備できた」
オレがその後ろ姿に声をかけると
「おせーぞ。さ、めんどくせーことは、さっさと済ましちまおうぜ」
オレにも早くサンダルを履くように言う。母ちゃんが言うには、オレの面倒くさがりは確実にオヤジの遺伝、だそうだ。
「本当、お父さんそっくり。ちょっとぐらい起きてなさいよ」
そう言ってよく、縁側で寝ているオレの尻を叩く。あいにくこっちは叩かれ慣れているもので、今はそれほど痛いとは思わない。が、それがどうやらバレているようで。最近は『つねる』という変化球を投げてきたりする。オレの尻はまだそのつねりには勝てずに起きてしまう。
だけど、オヤジは、母ちゃんのつねりに勝てる尻を鍛えたみたいだ。母ちゃんがつねっても、オヤジが起き上がることはない。ただ、たまに、痛そうなフリをしてはいる。
サンダルを履いて玄関から出れば、オヤジは
「さぁ、行くぞ」
オレに声をかけて歩き出す。オレはその横を行きながら、オヤジと「さっきマジの蹴りいれただろ」だとか「オレが本気出したらお前、吹っ飛んでくぞ」なんて、くだらない話をする。アカデミーで、ナルトとしたイタズラを先生に見つかった話をしたりもしていると
「男っていうのは、そうやって失敗しねーと、わからねぇこともあんだよ」
とオレに言う。オヤジが言うには、男は女みてぇに気を使うのが苦手だから、いろんな失敗をして『正しい気の使い方』を覚えていくらしい。
オヤジのよくわからねー講釈が、本当に正しいのか判断がつかないまま考えているうちに修行場にしている森の端にたどり着く。
オヤジが持ってきた風呂敷を木の根元に置いて、くるりと体を向けるとそれはもう、修行の始まる合図。
「今日は組手の相手をしてやろうか?」
「いつもみてーに術を見てくれるんじゃねぇの?」
「ウチの愚息は受け身をとるのが下手みたいだからな」
オヤジはそう言うと、身構える。あぁ、今日は組手と決まってしまった。オレ、体術苦手なんだけどなァ。
何度かオヤジに挑んでみたけれど、さすがに上忍だけあって軽々とオレをかわすと一打をいれてくる。蹴りを使わないのは『気の使い方』の一つなんだろうか。
こっちが必死になって「ここだ」と見当をつけてやっているにもかかわらず、全くそんな隙を見せない。
最後にオヤジに投げられて、尻餅で地面に着地すると
「まだまだだなァ」
オヤジはオレを一笑する。それから
「まぁ、まだメシ食ってねぇからな。それで体が動かしにくいんだろう。休憩がてら、ついでにメシでも食おうや」
風呂敷を指差した。
オヤジが風呂敷から出したおにぎりも、もはや定番になっていた。オレとオヤジで、一個ずつ。だけど、サイズはバカでけぇの。
「ほら、お前の分だ」
のりで包まれた丸いそれはぱっと見、教科書で見たことがあるやつに似てる。バクダンっていうやつ。今は起爆札があるけど、昔の人が使ってたっていう道具。
手渡されるとわかるが、油断していると手のひらが沈むほど重くもある。オヤジが握力の加減を間違えるせいで、見た目よりも中にみっちりと米が圧縮されているからだ。
「ありがと」
両手でしっかりと受け取って、透明なラップの膜を剥がすとそれにかぶりつく。冷えた白米の表面には塩が薄味でついていて、今日はどうやら加減を間違えなかったらしい。前に、じゃりじゃりとした塩がついていた時は、水で思いっきり流し込んだ。
食後の運動は消化に悪いって言うんで、修行する朝はメシを抜く。オレとしては、メシを食ってから修行したいもんだけど、オレが休みだからと言って、オヤジが休みなわけじゃない。だから、時間を有効活用するために母ちゃんが起きてくる前から家を出て、長めの修行をする。だから、おにぎりを握ってくれるのはオヤジなのだ。
一口、二口とおにぎりを食べていくと今日の具にたどり着く。昨日の晩飯の残りの塩じゃけ。さすがに皮は剝がされているけど、まだ身に小骨が残っているから、口の中で分別しないといけない。
ぺっぺと骨を吐き出しながら、でも腹は空いているから一生懸命、口を動かしていると
「うめーか?」
オヤジが聞いてくる。オレは思ったままに
「まぁ、悪くねぇんじゃねーの」
感想を伝えるとオヤジは満足そうに「そうか、そうか」と頷いておにぎりに噛みつく。
オヤジの握るおにぎりは、歪だ。
その上、男の手で握るもんだからでかいったらありゃしない。それから、あんまり料理なんてしないせいで、毎回塩の濃さが違う。最近は何に凝ってか知らないが具が入っているが、元々は何にも入っていなかった。
オヤジが最初に作ってきた時は、母ちゃんの作る、きれいな三角形の、梅干しが入ったおにぎりが恋しかった。ふわふわしてて、のりだってパリパリしてて。だって、そっちの方が断然にうまいから。
今だって母ちゃんのおにぎりには程遠い。だけど、不思議とまずいとも思わない。それは、塩がじゃりじゃりついていたころから。そう思うのは、たかだか、おにぎりだからだろうか。
俺もオヤジもすっかりおにぎりを平らげてしまうしまったところでオヤジがオレに言う。
「ところでシカマルよォ」
「なんだ? オヤジ」
「朝はメシ食え。そのために余裕をもって起きろ」
母ちゃんが心配すっから。
そう言うと、オヤジは竹筒からぐびりと水を飲んだ。