のぞき見デートー『熟年夫婦』(夜)

 県を跨いだのは正解だった。
 と、シカマルは思った。
 座っている通路側の席からは車内がよく見え、連休にもかかわらず行きよりも人が少ないのを確認できる。自分の肩にもたれかかって寝ているテマリを静かに寝かせてやりたいと思っていたから、計算通り今日の日帰り旅行を平和に締めることができるだろう。
 シカマルはずっと、温泉に行こうと提案する機会を探っていた。
 学生の自分と社会人であるテマリとは休みが合わないため、最後にデートしたのも一ヶ月前なんて悲惨な有様だったから、現状を打破するためにもテマリが定時で上がれるときには夕飯を共にする、という約束をすることでなんとか凌いできたのだがそれでも、会う時間が減っている自覚はあった。
 寂しくないと言えば嘘になる。だけどそれをテマリに感づかれたくなくて、あえて連絡をとらないなどをしてわざと距離をとるような素振りを見せたりもしたが、それはシカマルの行動は無駄だった。
 そこにシカマルが居ても居なくても、テマリがたまの夕飯の席で話してくれることが、生活を大半を占めている会社の話ばかりになっていることに気づいたからだ。しかも、楽しくなさ気に話す。
 徐々に疲れていっていることにシカマルは気づいていたから一度、会社を連想しない場所に連れていって休ませてやりたいと思っていた。けれど、そのチャンスはなかなか訪れない。それで、なんとか都合をつけて連れ出そうとしていたところで、たまたまかけた電話の向こうのテマリの

「もしもし」

の声が会った時以上に疲れていることに気づき、その場ですぐに申し出た。だから、行きの電車では会社の話ばかりをしていたテマリが、帰るころには学生に戻ったかのように、くだらない話もしてくれるようになっていたことに、密かに安心していた。
 テマリが足にかけているコートの下にシカマルは、左手を滑り込ませると少し開いている手をきゅっと握りしめる。
 自分が卒業するまであと、四年。父のやっている薬局を引き継ぐにしろ、別のところに就職するにしろ、まだしばらくの間はテマリを待たせることになる。付き合い始めた高校の時から数えれば今年で四年目。やっと折り返したところだが、三歳も上の彼女は待ってくれるだろうか。その間に変な虫がつかないように、と柄にもなくペアリングを贈ってみたりなどしてみたが、実際のところテマリがこれから先のことをどう思っているかを、今のシカマルには聞く勇気がない。

「どうすっかなァ」

 一際強くテマリの手を握りしめると、シカマルは目を閉じた。

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