人の少ない駅の改札を抜けるとそこには、紅葉が広がる温泉街が広がっていた。硫黄の匂いが独特な匂いが私とシカマルを向かい入れて、早く浸かりに来いと手招いているように感じる。
片道1時間半。都心から離れたこの場所に来ようと言い出したのは、シカマルだった。
「お互い疲れてるだろーから、人がいねーとこにゆっくり風呂でも入りに行こうぜ。遠いとこはしんどいし、日帰りで」
近況を伝えるためのはずの深夜の電話口で、突然飛び出してきた魅力的な誘いを断ることができず、二つ返事で行くことを伝えると「後のことは全部自分がやるから当日まで待っとけ」と言われた。面倒くさがりのくせに頑固なところがあるから「頼んだぞ」と言えば「あいよ」と返されて、そのまま電話は切れた。当日までに交わした連絡は集合場所と時間ぐらいなもので、どこに行くのかすらも私には教えてくれなかった。行きの特急を見て、やっとこっちの方角に行くのかと知ったぐらいだ。
久しぶりに会えば、一時間半なんてあっという間に過ぎていく。私の会社の話と、アイツの大学の話をしていればもう到着していた。
「で、どこに行けばいいんだ?」
隣でスマートフォンをいじっているシカマルに聞くと
「あー。一応、宿をとってあっから、そこ行こうぜ」
意外に、宿、なんて言葉が出る。
「宿?泊まりの準備はしてないぞ?」
温泉に入るだけだと聞いていたから泊まろうと思えば泊まることはできるが、帰りの服なんて用意していない。
「日帰りの部屋抑えてあんだよ。そこに荷物置いとけば、身軽でいいだろ」
「なるほど。タオルと財布だけでいいわけか」
そーいうこと、と気のない返事をすると、場所を確認し終えたのかスマートフォンをモッズコートのポケットに滑り込ませて、ペアリングがついている私の手を握って歩き出す。石畳がひかれている道を歩けば、履いてきたヒールがコツンコツンと音をたてる。
木造づくりの伝統的な家屋の軒先で売っている温泉まんじゅうに舌鼓を打ったりしながら通りを歩いていると、ふいにシカマルが脇道へそれる。
「もう少しで着くから」
「そうか。いま来た通りだけで色んな温泉があるみたいだな。今から楽しみだ」
まんじゅうを買った時に貰った案内図を見ながら、私が言うとシカマルが少し間をおいて
「……なぁ、外湯巡りもいーけどよ、一応、露天風呂付の部屋にしたから、オレはそっちでもいーけど?」
なんて抜かす。そういう誘いのためにここまで来たのか?
「バカ」
握っている手の皮膚を少しつねってやると、
「いてて、そーいうんじゃねーって」
シカマルはそう言うが、お前気づいてるか?会った時から少し、鼻の下、伸びてるぞ。