「たわわ、チャレンジィ?」
シカマルが慣れない言葉を調子はずれに聞き返すと、シカマルの向かい側で肩をすくめて座っているテマリは顔を赤くさせながらコクリ、と頷く。
胸の上にスマートフォンを乗せる『たわわチャレンジ』なるものを、テマリはしていたらしい。それが何を示すものなのか、シカマルには計りかねる。
うぅむと唸りながら、机の上に鎮座しているテマリの無愛想なスマートフォンを「コンチクショウ」と思いながら見た。
うらやましい、とは口に出さないが、テマリの柔らかな胸に乗ることを許されたソイツを睨むぐらいはいいはずだ。
シカマルは反撃してくるはずもない、それにいがんでいると、テマリが口を開く。
「さっき見ていたテレビでな、流行ってると言ってたんだ」
照れながら。
元凶は、今は真っ暗になっているが、先ほどまで映し出していた、色がけばけばしい深夜のバラエティ番組。そういった番組では、地域ごとのステレオタイプの揶揄、下ネタといった、生きていく上ではおおよそ必要のない情報が多く流れるから、テマリはそこで『たわわチャレンジ』なるものを知った、ということだろう。
番組を見ていないシカマルには『たわわチャレンジ』が一体何かについてはさっぱりわからない。しかし、見られたことに対してか、珍しく恥ずかしそうにもじもじとしているテマリを見ていると、何となく、テマリがその『たわわチャレンジ』とやらを試した理由に勘付く。
難しいことではない。
テマリは、根っからの負けず嫌いだ。
ここからはシカマルの推察でしかないが、おそらく、テマリが視聴していたくだらない番組で、チャレンジに挑戦している女の中に、テマリよりも胸の小さな女がいたのだろう。そして、その女はめでたく『たわわチャレンジ』に成功した。するとテマリはこう思うわけだ。
その女にもできたのだから、それより大きい自分でも胸の上にスマートフォンを乗せられる、と。
「ウーン……」
シカマルは、ポリポリと脂ぎった後頭部をかきつつ、目の前で身を固めているテマリに何を切り出したら良いものか、と考え始める。
聞いたことがない単語とテマリの先ほどの行動を照らし合わせると、『たわわチャレンジ』とは、胸の上にスマートフォン、もしくは何かしらの物を乗せて、己の胸囲の大きさを披露するもので間違いないはず。
しかし、だ。
シカマルの知っているテマリは硬派な女だから「はしたない」と言って、そのようなチャレンジは切り捨てるだろう。
だから、シカマルの中で『たわわチャレンジ』とテマリが結びつかず、言葉に詰まってしまっていた。
テマリがただの負けず嫌いで、「はしたない」行いをするだろうか?
確かにテマリの胸は、並より大きい。それはシカマルもよく知ることであるし、世話になることもある。けれど、世話になる時に十分「大きい」ということはベッドの上で伝えてきたつもりだから今さらアホなことをしてまで、自分の胸に自信を持つ必要があるのだろうか。
それを言い出せば、そもそも『たわわチャレンジ』自体が、テマリには必要ない。
チャレンジの目的を考えれば、さっき考えた通り胸の自慢が主なところで、あとは性的なアピールぐらいなものだろう。
生物には、発情期に己の魅力的な部分を主張し、交尾の相手を求める種がいるが、それは別の種の話であり、ヒトの話ではない。ヒトの性的なアピールは、せいぜい他人に体を見せびらかすような服を着たり、膨らんでいる部分を押し付けたり……といったことをするだけで、他の種のそれに比べれば見た目は随分おとなしい。
そう言ってしまうと、テマリは常に肌の露出が多い服を着ているため、性的アピールをしているといった話になってしまうのだが、テマリがその服を大きく膨らんだ胸や長く伸びる足の自慢ではなく
「一枚を洗って干してしまった方が楽だろう?」
と、効率を求めた結果だとケロリと言って、茶を啜る。
テマリにとっては些細なことなのかもしれないが、それはシカマルが表立って言えない小さな悩みのタネの一つであることは間違いないもので。時折思い出したように異論を唱えてはいるが、提案は却下され続け、四十路が近いにもかかわらず、テマリが言うところの効率的な服装をさせてしまっている。せめて胸元は、と思ってストールなども提案したが、それも受け入れてはもらえなかった。
なんにせよ、テマリにはすでにシカマルという伴侶がいるし、成長真っ盛りのシカダイだっているのだから、今さら他所の異性にそういったアピールをしたところで、シカマルの口癖である「めんどくせー」ことにしかなりえない。
仮にそれらの行為が(考えたくもないが)テマリの、他の男と性的な関係を結びつきを作りたいと思い行動としているのであれば、大問題になる。
しかし、その考えはすぐに打ち消される。
夕食とは別に、わざわざ夜食を作って夫の帰宅を待つ、義理堅いテマリが浮気などといったことを考えるとはシカマルには思えないからだ。
それに熟考することに長けているテマリが、発覚したら「めんどくせー」ことになる問題を、わざわざ自らバラすような失態を犯すとも考えにくい。
テマリがやるならもっとスマートだ。少なくとも、旦那の帰宅時間付近に『たわわチャレンジ』をすることはない。
ならば、別の理由か、と考え始めるが、わざわざ砂から嫁に来てくれたテマリに、日常生活を送る上で不自由させているつもりは、シカマルに毛頭ない。
そもそも、テマリが不自由を感じているのであれば―――こういった問題でたいてい上がるであろう金の問題―――が脳裏を掠めるが、とりわけ金に不自由させているつもりはなかった。
それなりの役職につき、それなりの責任が付きまとう仕事をいくつも兼任しているシカマルの懐に入ってくる金額は仕事量に見合った額だし、その大きな金額の給料はそっくりそのまま、テマリに渡しているから、多少の贅沢をしていたとしても、賄える範囲だろう。しかもシカマルの給料どころか、テマリが忍として現役だった頃の潤沢な蓄えもほとんど手付かずの状態で残されているはずだから、テマリが問題を起こすほど金に困っているわけがない。
だとしたら、後は家庭の問題かシカマル自身が絡む問題からくるストレスで『たわわチャレンジ』なる不審な行動に出てしまったか。
けれど、シカダイのことはテマリから逐一報告してもらっている分、自分が見ている分も統合して考えても、問題はない。(ただし、ここにはシカダイがシカマルから譲り受けたやる気のなさは含んでいない)
問題になりそうな、義母にあたる自分の母親とも上手くやっているようで
「今日は新しくできたモールにおかあさんと買い物に行った」
だとか
「明日はおかあさんと鹿の世話の担当だから」
と、夫である自分よりも母を優先することもあるから、こちらも問題はないと判断しても良い。
そうなると、話を生物の性的アピールにまで戻し、対象を自分に変えて考えるといくらか話は進む。
単純に欲求不満で、遠回しに、無意識で、夜の誘いだとしたら。
しかし、テマリはシカマルが多忙なのを理解しているし、その隙をぬって作っている愛せる時間には、目一杯愛してやっているつもりだ。が、不安がよぎる。
それでも足りないか?
少子化問題うんぬんの紙片で見かけたが、女はテマリの年頃が、一番性欲が強くなるとかなんとか……。
シカマルは今までに見た書類を頭の中でひっくり返して、続きを思い出そうとする。けれど、すぐにやめてしまった。
めんどくせー。
家という場所はのんびり過ごすべきで、頭をフル回転させるのは将棋を指すときだけがベスト。それ以外は、伴侶として信頼しているテマリに任せておけばいい。
シカマルは、たかだか『たわわチャレンジ』のために、家庭の事情を掘り返すのが面倒になってきていた。
それに信頼しているはずのテマリに疑心暗鬼気味にぐちゃぐちゃと難しいことを考えるよりも、シンプルに考えればいい。
テマリが『たわわチャレンジ』をしたのは、テレビの女に負けたくなくてか、シカマルが帰ってくるまでの暇つぶしか、あるいは両方か。最初からその三択しか、存在していないと思えばいい。別の問題を孕んでいるのであれば、確信が得られるまで下手に出ない方が得策だ。
でも、欲求不満だったらどうすっかなァ。
男としての自信に関わる大事なことである。
が、今はそれを考える時ではない。それに簡単に答えが見つかるようなものでもないのだから、今度将棋を指しながら、思案すればいい。
シカマルは、そのことを頭の片隅に置きなおすと、やんわりと場を収める言葉を切り出す。
「いや、まぁ。乗ったんだったらよかったんじゃねーか?」
『たわわチャレンジ』をしているテマリを思い出す。
テマリの『たわわチャレンジ』を目撃したのは一瞬のことだったけれど、スマートフォンは明らかにテマリの胸の上に乗っていた。シカマルの帰宅に気づいた次の瞬間には、胸から滑り落ちていたが。
それを成功とテマリが認めてくれれば、この話は終わりだ。さっさと夜食を平らげて、風呂に入り、寝てしまいたい。
無駄に頭を使い、疲労しているシカマルは話を早く切り上げたいがために、「認めてくれ」と願っていたのだが、テマリが突然「そうだ」と何かを思いついたような顔をする。
願いは叶わなかったようだ。
「テレビでは地面と平行になっていたんだ。だから、きちんとなってるかだけでも見てくれないか?」
そんなとこまでこだわる必要ねーだろ。
咄嗟に言いたくなったが、シカマルの口から出ることはない。
それよりも先に、少しばかり空いた腹と好奇心がせめぎ合っていた。
惚れた贔屓目でなくともテマリは、巨乳だ。いつかのことだが、あのリーもそれは認めていた。しかし、シカマルはそれがいかほどのものなのかというのは未知のことであった。
あいにく、妻がいる身で他所の女と同衾する、といったふしだら趣味を持ち合わせていないから、基本的にテマリ以外の生身の女の裸を見ることはない。
例外として、たまの一人遊びの時に平面の裸体を見ることはあるが、彼女たちのそれが生まれ持ったものなのかどうか、若いころから彼女たちの裏話を聞かされてきたシカマルには判断しかねるため、比較対象にはならない。
だから、テマリの持つものが世間的に見て、どういうものなのかということがわからないのだから、客観的にわかりやすい指標があるのは、ありがたい。
しかし、女の見た目を気にする思春期のガキでもあるまいし、自分が満足しているのだからそれでいいと言えばそれでいいのだが、機会が与えられるならば知ってみたい、とも思う。
シカマルの顔を包めるほどの豊満な乳房に、薄い板が乗るか、乗らないか。
たったそれだけのことだ。
「……参考になるもんとかねーの?」
空腹に対して勝ち星をあげた好奇心に従い、シカマルは素直に協力的な態度で申し出る。ここで断ったとしても、どっちにしろ手伝わされるのだから。
「それなら……」
声を弾ませてテマリは机上のスマートフォンを取り上げると、慣れた手つきで操作する。そして、画面いっぱいに『たわわチャレンジ』とやらの画像を表示すると、それをシカマルに寄こしてきた。
シカマルはそれを受け取って、画面を見た瞬間、かつての上司である綱手を思い出す。
綱手についていた小ぶりのスイカを、胸部に装着している女たちがそこを、机のように難なくスマートフォンを胸の上に乗せていた。
中にはチャレンジとは別に、谷間で挟んでどれだけスマートフォンが埋まるかといったことに挑戦している猛者もいるようだ。
残念ながらテマリの胸は、綱手ほどはない。それでも、並の女より膨らんでいるには膨らんでいるが……。
平行は無理なんじゃね?
シカマルは、綱手級のはち切れそうな膨らみを持つ女たちの画像を眺めながら指先をスライドさせていくうちに、テマリの胸ではスマートフォンを平行状態のまま胸の上で留めておくには難しそうな気がしてきていた。
しかし、見ているうちにある一つのことに気づく。
「これ、あれだろ。寄せて上げる? とかいうやつ使ってるんじゃねーか?」
休日にシカダイも連れてモールに遊びに行った際に見た、女性用の下着売り場でよく使われていた文言を口にする。
胸元を自由奔放にさせていた綱手や、ブラジャーをきちんと着用しているテマリを見ていたからわかったことなのだが、ブラジャーを着用しているか否かで、形もそうなのだが、一番は鎖骨直下の膨らみが大きく変わる。
恐らく着用していないだろう綱手の房は重力に従って落ちていたため、皮膚もそれに伴って鎖骨辺りに痩せている印象を受けたが、テマリは寄せて上げての効果か知らないが、鎖骨の下からふんわりと曲線を作っている。
そう考えると、画像の女性の中でも寄せて、上げるブラジャーを外せばテマリとさほど変わりがないのだろうと思える人が何人もいる。
結局はそこに膨らみがあるかないかの問題なのではないだろうかと確信を持って言えるほどには。
「なるほど。だからと言って、今から着けるのはめんどくさいな」
残念そうにテマリは言うと、両腕を二つの房の下に差し込み、腕を組む。すると、そこはブラジャーを着用した時よりも膨らみを作っており、鎖骨を飲み込もうとしていた。
「それだ」
「何がだ?」
「腕だよ。ようは下から持ち上げたらいいだけの話だ。そうやって、自分で持ち上げたらいいんじゃねーか? これみたいに写真はとってやるし、後で見てみろ」
「わかった」
テマリは二つ返事で躊躇いなく二つの房を持ち上げると、膨らみが足りない上部にふるんとさらに張りを持たせる。すると元々開いていた袂が胸に押されてさらに広げられ、その間には一本の長い線をはっきりと携えている。
おいおい。そりゃやべーだろ。
とシカマルは思った。
写真を誰かに見せるわけでもないのだから……ということで大胆な行動に出ているのだろうが、見慣れているはずのシカマルにとっても、刺激が強い光景だ。
あせもにならないための叩いているベビーパウダーの白い粉が、食卓の薄暗い電灯の下でキラキラと光り「ここにおいで」と言わんばかりに誘惑し、腕の位置を調節するために動かせばふるり、ふるりと乳房は揺れる。
そして、さらに張りを持たせるためにか、テマリはぎゅうと二の腕で挟みこんでやると、逃げ場を失った房が、袂の三角形の裏側に隠している敏感な桃色の先端をあと少しで露出してしまいそうになった。
それでも堂々としているテマリを、シカマルは凝視していたのだが、テマリはシカマルなどお構いなし、という風にその上にスマートフォンを置こうとしたから、それをシカマルは止めた。
「たんま、たんま、たんま!」
写真を撮るのは構わない。しかし、乱れた格好をしているテマリを撮るのはいただけない。
撮影した画像を消すつもりはなかった。
保存したそれは、自分しか見ないと言えど、ここまで欲を掻き立てるテマリの画像がスマートフォンにあるのを、他の誰かにバレたら……。
シカマルは湧き上がる欲情を押さえつけて椅子から立ち上がると、テマリの胸元に手を伸ばす。
突然のシカマルの行動に、テマリはぴくんと体を揺らすと「なんだ?」と不思議そうに聞く。
「そのままでいてくれよ。……さすがにこりゃダメだろ。あと、腕、もうちょい上げろ」
緩んだ袂に綺麗な三角形を作り直しながら、シカマルは爪先に感じる柔らかさを堪能した。いつもより膨らみを主張する熱い房は、指で突いてやればそのまま飲み込んでしまいそうだ。
想像だけで、思わず喉がゴクリと動くと同時に、シカマルの腹の底にある欲情を煽る。
テマリが自ら、このように性を主張するなんてことはまず、ない。それにこんな格好を、シカマルはベッドの上ですら、させたこともない。
真ん中にあった一本線の谷間を半分ほど隠すように直した袂をぽんと叩く。そして、意外とこのポーズイケるな。今度やってもらおうか、などと思いつつ、直したばかりの袂の上にテマリのスマートフォンを置くと、シカマルの予想通り、膨らんだ胸の上でピタリと止まる。
「よし、撮るぞ」
シカマルは自分のスマートフォンを操り、すぐにカメラアプリを立ち上げると、テマリが見せてくれた画像の通り、画面全体をテマリの胸元で埋める。それから、ピントをきちんと合わせて、カシャリと操作音を鳴らす。
ちゃんと撮れているか確認するために画面を見ていたのだが、視界の端にいるテマリのスマートフォンは、行儀良く胸の上にいる。
つまり。
予想外に、様々なものを得たシカマルはうれしさを隠して
「どうだ?満足か?」
撮ったばかりのスマートフォンの画面をテマリに差し出した。
腕の自由がきかないテマリは、首を前へ出してそれを確認すると、満足そうに椅子にもたれかかって
「意外といけるもんだなぁ」
と呟く。
そりゃあ、アンタの乳ならな。
シカマルが着席して、画面を操作しながら熱っぽい息を吐き出していると、テマリはスマートフォンを胸から退かせて、袂を閉めてしまう。
「夜食、まだだったな。今出すから」
テマリが椅子から立ち上がると、普段ならさほど気にならない、袂の小刻みな揺れがどうしても気になる。
そして、今晩は出すつもりがなかった欲情は、簡単には消せないようだ。
シカマルは
「なぁ……」
明日の予定は?
そう聞くため、含みたっぷりに声をかけた。
ベッドの上で先ほどの寄せて上げる刺激的な姿をしているテマリを想像するよりも、目の前に本人に頼んだ方が早い。
熱っぽい目線でテマリを見つめながら、机の上にまだあるテマリの手をとり、シカマルが誘い文句を言おうとしたその瞬間、
「父ちゃんたち……何やってたんだ?」
この時間は寝ているはずの息子が、暖簾の隙間から訝しげに声をかけてきた。
突如現れた予想外の人物の登場に、シカマルは一瞬息を詰まらせる。
「あー……えー……」
どこから見ていた?どう弁解する?
シカマルは、握っていたテマリの手を放し、それにいじっていたスマートフォンの画面を見せないように、背を向けて机の上に置くと
「ちょっと遊んでただけだ」
何もなかったかのようにシカダイに返事をする。
しかし、シカダイは返事に納得していないのか目を細めて、何食わぬ顔をしているシカマルと、夜食のスープを温め直しているテマリの背に交互に見つめた。
どこから見ていたかではなく、何を見ていたか。
せめて、見られていた部分が撮影していたところならば、母親の沽券を守るためにも、自分がテマリにねだってやってもらった、と言うことはできるが……。
気配が全然しなかったから、たった今ってとこか?
シカマルは自分を見つめるシカダイを見つめ返すと、
「それよりシカダイ、どうした?眠れないのか?」
優しく問いかける。よく見れば、こんな時間までゲームをしていたのか、目が少し充血している。
「いや、喉が乾いて」
シカダイがふあぁとあくびをしながら、食卓の自分の定位置に座る。
「座って待ちな。今、お茶いれるから」
テマリはシカダイにそう言うと、小さな鍋の中身を椀に移して湯気だたせて、シカマルの前に箸と一緒に置く。今日の夜食は、豚汁だ。
椀を持ち上げてシカマルが一口すすると、口の中にしょうがのピリッとした辛さが広がる。
豚汁に使われた豚肉は、今日の夕飯に出てきたであろう生姜焼きか。
シカマルがずるずると椀の中身を吸い込んでいる間も、シカダイはもの言いたげにじっとシカマルを見つめている。
しかし、シカダイが見るのをやめたのは自分の前にもふわりと湯気が舞う湯呑みを置かれからだ。
「あったかいのにしたから、これでよく寝られるはずだよ」
「ありがと。さっさと寝るわ」
ちらりとシカダイはシカマルを見ると、湯呑の中身をゴクリゴクリと飲み干す。そして、湯呑をテマリに突き返すと、あくびを一つしながら席から立ち、暗い廊下に戻っていった。
シカマルも空になった椀と箸をテマリに渡すと、バツが悪そうに後ろ首をかく。
親父が、母ちゃんの胸の上に携帯乗っけてはしゃいでるなんてカッコ悪ぃよなァ。
テマリはそれをシカダイの湯呑と一緒にさっと洗って食器カゴの中に伏せると、何事もなかったのように、伸びをしつつシカダイの後を追うように寝室へ行こうとする。
シカダイが乱入する前にシカマルが夜の誘いをしようとしたのを、テマリはわかっているはずだ。
事実、シカマルが手を包むと、ぽっと熱をこもらせた。
ここ最近、断られることなんてなかったから、今晩もいけるものだと思っていたが……。
「へ?」
シカマルが思わず、間の抜けた声を上げるとくるりとテマリは振り返り
「夜食は済んだろ?私もそろそろ寝るぞ。いつも通り、脱衣所に寝巻きとか全部置いてあるから。あっ、そうそう。あと、さっきの画像ちゃんと消しておけよ」
シカマルを台所に置いて行こうとする。
いやいやいや、そこはそうじゃねーだろ?!
シカマルは慌てて後を追うと、テマリの手首を捕まえて
「テマリ、シャワー浴びてくっから、起きて待っててくれ」
低い声で伝える。
今日はもう、そういう気分なのだ。微かに篭っている熱を吐き出したいし、吐き出させたい。
テマリはしばしぽかーんと口を開けた後に
「わ……わかった」
とシカマルの要求を了承したのを聞くと、シカマルは脱衣所に向かって駆け出した。