シカマルがパタンとドアを閉めるとすぐに、納得のいっていないテマリがシカマルには詰め寄る。
「あんな風に言わなくてもよかっただろう!好意でくれたのに」
「悪ぃ」
シカマルは湧き上がった、名前のわからない感情に自分な揺り動かされたことに、自身でも驚いていた。精神訓練は受けたはずだ。どんな状況であっても、冷静でいるよう、常に努めていた、はずだった。
シカマルがそれ以上は何も言わず、下を向いているとテマリは心配気に声をかける。
「……シカマル、どうした?」
「どうもしねーよ」
わからないものに答えようがない。
シカマルは味わったことのない感情を繰り返し思い出しながら、喜怒哀楽のどれに当てはまるものなのか考えていたが、どれも名前をつけるにはふさわしくないものだった。
わからねー。なんだコレ?風邪か?ここで?
シカマルはドアを背もたれにしてズルズルと座り込むと、頭を抱えむ。その姿を見て、テマリが頭上から声をかける。
「私にも言えないことか?」
「何もねーから、言えねェんだって」
テマリは「そうか」とだけ言うとシカマルの前に足を曲げて、屈み込む。そして、シカマルにとって信じられない言葉を口にした。
「……婚約、取りやめるか?まだ、他の人に話もしてもいないし、今ならまだ撤回できる」
取りやめる?なんでだ?
ぐちゃぐちゃになっている頭な、冷や水を被せられたような気分になる。胸の奥まで冷えは辿り着き、手紙が宿してくれた暖かみが消えていく。
シカマルは勢いよく、テマリの両腕を掴むと細い水の筋がついている顔に、自分の顔を寄せると迷いなく、0cmの距離を求めた。
昼間は少しためらいがちだったのに、迷いなくそこへ飛び込んだのは、テマリの心が離れそうな気がしたからだ。シカマルにはよくわからないが、繋ぎ止めるためにはそれしかない、と思った。
「嫌いな女にこんなこと、すると思うか?」
シカマルが問いかけると、テマリは静かに首を横に振る。
「ただ」
「ただ?」
「オレが、どうしたらいいか、わかんねーんだ」
シカマルには、テマリが長十郎と話しているだけだ、吐きそうになるほど胃がむかつく理由がよくわからない。空腹のためか風邪か、だとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。
テマリを掴んでいた力を緩めると、テマリは腕を伸ばしてシカマルの頭を優しく抱き込む。
「夫婦になるんだろう?お前が考えてることを教えてくれ」
嘆願するテマリに、シカマルは言葉を返すことができなかった。その腕から、また暖をとることしか今は、できない。
全部を吐き出したら、オレ、男としてすげーダサくねーか?でも、この人はそれを求めてるわけだろ?
「アンタと結婚できるってなって、すげーうれしかった」
「そうか」
テマリの声はいたって平静だ。
「……でも、なんでかアンタと長十郎が話してるとこ見るとムカついてしょうがねーんだよ」
意を決してシカマルが、テマリに告げるとテマリは思いがけず、くっくっと喉を鳴らしながら笑う。
「? どうした、アンタ」
シカマルが顔をあげればそこには、愛想笑いではない笑いを浮かべているテマリがいる。
「いや、うれしくて」
「何がだ?」
「一丁前のやきもちが」
やきもち。
シカマルは、やっと腑に落ちる感情の名前に納得したが、同時に恥ずかしい気持ちが湧き上がってくる。
それってつまり。
テマリは自分の胸元からシカマルを離すと、赤い額にちゅっと音を立てさせる。
「婚約以前の問題だな」
それからテマリが破顔しながらシカマルの頭をよしよしと撫でるが、その手をシカマルがぶすっとした顔で払いのけて、
「ガキだって?」
唇を尖らせながら言う。その唇に、テマリはすかさず距離をつめて、0cm。
「お前がどれだけ私のことが好きなのか、わかったよ」
また、くっくっと喉を鳴らして笑った。