シカマルがかっこ悪いプロポーズするだけ!【3/4】

 あの後、キバとナルトが喧嘩を始めたからそれを止めたりだとか、酔っ払ったサイが饒舌にいののことを褒めてるのを聞いて、幼馴染の恋事情に若干の気まずさを感じながらも、スラスラと褒め言葉が出てくるサイに笑ったりしてるうちに、座卓の上にはシカマルとシノが空けた大きめの徳利が並んでいた。

 結局、シノはシカマルにテマリのことなんて一言も尋ねなかった。ただただ酒を飲むのに付き合ってくれた。シカマルは、あんがい、チョウジがいない時の席は、シノの近くが正解だったのか、と頭に刻み込んでおいた。
 適当に運ばれてくるつまみの話をして、適当に最近飲んだ酒の話をして。シノからあたりさわりない話をしてくれるのはありがたい。しかし、シカマルにとって「美味い」と感じたものの大方は、テマリと食べたり飲んだりしているものだったという自分でも気づいていなかった事実を改めて突きつけられた。

 シカマルがシノに話すために料理や酒を思い出すと、その端にチラチラとくすんだ砂色の髪と丁寧に整えられた指先が出て来たからだ。
 今ばかりは、テマリのことを忘れていたくて、シカマルはシノに注がれるままに一心不乱におちょこを煽ってみたけれど

 やっぱ、あの人と飲む酒の方が、美味いな。

 なんて思ってしまい。振り払うためにさらに、酒を飲むという悪循環が出来上がっていた。

 身体の芯まで暑さを感じたシカマルが、トータルネックの首元に指を差し込んで少しでも冷まそうとしていると、奥の方からナルトの神妙な声が聞こえてくる。
 
「で、その時サクラちゃんに殴られてできた傷が、これだってばよ……」

 最初の雰囲気とは打って変わって、重々しい顔つきをしたナルトがTシャツをゆっくりと捲る。キバがごくりと生唾を飲み込んで、話の続きを期待している素振りを見せるが何が出てくるかなんてわかりきっている。けれど、シカマルもナルトを凝視して見ていることをアピールすると、突然ボフンと白煙がナルトに巻き起こる。そして、煙が去った後には……女体の裸を惜しげもなく晒しているナルトがいた。

「ぶはは!出た!ナルトの十八番!!騙しお色気の術!!」

 緊張の糸を切って、下品に笑ったキバに押されるたシカマルは、勢いに負けて畳の上に倒れこんでしまった。すぐにキバは「ごめんなぁ~」と陽気な声で謝ってくれたが、シカマルはキバを無視して、起き上がらずにそのままうつ伏せになった。

 畳って、こんなに気持ちよかったっけ?

 冷たい畳に顔を押し当てて、せめて身体の表皮にこもっている熱を逃したいと思ったのだが、全く熱は抜けない。しこたま飲んで回らない頭では、それぐらいしか思い浮かばなかった。外に出るために起き上がろうとしても、体はもう動こうとしはしなかった。
 ぐるぐると世界が回るような感覚が、シカマルに、眠ることを強要してくる。絶対的な命令に抗うことなどできるわけもなく、シカマルは意識を手放した。

 シカマルを次に暗い意識から抜け出させたのは、舌ったらずなナルトの声だった。

「シカマルゥー。迎えがきたぞォー」

 シカマルはナルトに肩を掴まれて、大きく揺らされると、まだ火照っている頭と体でとりあえず「おー」とだけ返事をした。けれど立ち上がる気なんてさらさらない。

 迎えが来たんだったらオレ、このまま寝てもいいんじゃねーの?

 シカマルが目を瞑り、畳に顔を埋めながらうだうだとしていると、どこからか席にいなかった誰かの声が聞こえて、それから

「ハー」

 盛大なため息が頭上で聞こえる。ナルトが言っていた、迎え、の人だろう。
 シカマルには、ため息だけではそれが誰だかわからなかった。母であるヨシノが迎えに来てくれるだなんて思えなかったし、親戚の誰かかとも思ったが、ナルトたちが連絡先を知っているわけでもない。ヨシノから親戚に連絡した可能性も考えたが、奈良一族の若き当主の失態を身内に見せるはずもないだろう。

 つーことは、チョウジか?日帰りの任務って言ってたし。もっと早く来りゃあよかったのに。 ほんと、タイミング悪いなぁ。

 シカマルはぼやけた頭で考えられる可能性を潰し、一人を導き出した。それはシカマルの願望でもあった。とにかく、今は気心知れたチョウジに会って、慰めてもらいたかった。

「ここまで、とはサクラから聞いてないぞ。コイツをおぶって連れて帰るから、誰か手伝ってくれないか」

 聞き慣れた声だった。それに、もう二度と聞けぬと覚悟していた声。はっきりしない意識の中で、シカマルはテマリの顔を思い出すと、泣きたくなった。ぎゅっと目を閉じ、ここでは涙はこぼさないようにするが、それは全くの逆効果だった。
 思い出したテマリの顔は、忍服ではなく白いドレスに身を包み、シカマルではない誰かの隣で優しく微笑むと、その相手のくの字に曲がった腕の中へ腕を通す。
 その時らやっと頭だけではなく体感で、はっきりとシカマルの体に、テマリが結婚するという事実が染み込んできた。

「飲ませすぎたのはオレの責任だ。オレがやろう」

 シノの声がした後、すぐにシカマルは体を持ち上げられて、誰かの温かい背中にのせられる。

 チョウジのやつ、こんなに細かったっけ?あー。また、秘伝丸薬使ったのか。体の負担になるようなめんどくせー任務だったのか。ってか、なんか手も小さくなってねーか?

 おぶってくれている人の背中は、シカマルの胸よりも狭く、柔らかい。それに、顎をのせている肩も、骨ばっている。

「世話になった。サイ、いのが『私の王子様~!』って呼んで酔っ払ってたぞ」

 はっきりと、シカマルが聞きたい、けれど今は聞きたくない人の声が聞こえる。

 幻聴か?だって、こんなトコにいるわけねーもん。あの人がオレを迎えに来てくれるわけねーよ。酒だ。酒のせいだ。酒がオレに、あの人の声が聞かせてるだけ。もう聞けねーんだからって。

 シカマルは薄い意識の中でそう結論付けた。

 ガラッと居酒屋の引き戸が開く音がして、外に出るとシカマルの火照った頬を外の冷たい空気が撫でる。けれど、酔いを冷めさせてくれるほどではなくて、ふわふわとした心地のままだ。
 まだ意識がわかるうちに、と

「チョウジー。ありがとな」

 こんなめんどくーやつの迎えに来てくれて。
 シカマルがチョウジに感謝をつたえると、ワンテンポ遅れて返事がくる。

「……いいよ」

 チョウジの声がいつもより高い。くぐもった声ではなくて、すうと透き通るような。まるで、テマリのような。耳に届く音が気持ち良い。
 人混みを抜けて、じゃりじゃりと道を踏みしめる音を聞きながら、シカマルは顔を、思っていたよりも細い首元に埋めると、鼻にさっきまで居た居酒屋のゴミゴミした匂いーーー酒とタバコの匂いとーーーそれから、これも嗅ぎ慣れたテマリの匂いが届く。

 なんでこんなにも、あの人のことを思い出しちまうんだ?もう他の男のもんになるっていうのに。

 はっきりしない意識の中でも、テマリのことを考えている自分に嫌気がさす。どこかで覚悟はしていたことだったからだ。テマリは忍の嫁としては最適だ。だから、ひょっとしたら自分以外の誰かのところへ行くかもしれない、と。
 しかし、テマリと話や任務を重ねていくうちに、その相手は自分以外にはありえないのではないだろうかとシカマルは思っていた。食べ物の趣味は合うし、テマリからもそれなりに認められている自負はあった。それにテマリの口から、未来の旦那への希望も聞いている。

「私よりバカと結婚なんて無理だな」

 アンタより賢い男?そんなん、なかなか見つからねーよ。

「自里だけではなく、砂……そうだな、忍界のことも考えてくれる相手がいい」

 つまり、家族のことだけじゃなくて忍界についても、それなりに壮大なビジョンを持ってなきゃいけねーのか。めんどくせー女だ。

「まぁ、何より我愛羅が認めてくれる相手じゃなきゃな」

 あの我愛羅を?そんなん、マジで並大抵の男じゃ無理だろ。最低でも上忍になってなきゃきびしーんじゃねーの?

 最後の難問以外、クリアできていると思いこんでいた。だから、迎えに行くために色々シカマルだって、準備はしていた。
 けれど、その準備も無駄になってしまった。急ぎ早に、なんとかしようともがいてみたけれど、結局、間に合わなかった。
 悔しさから思わず言葉が出る。

「……オレさー。あの人のこと好きだったんだ」

 チョウジになら、話せることだった。今まで、そういった話を直接してきたわけではないが、

「シカマルがやろうとしていることが一番の正攻法で、近道なんじゃないかな」

と背中を押してくれたのはチョウジだった。今さら胸の内を明かしたところで、驚くこともないだろう。

「そう」

 チョウジは静かに返す。
 チョウジは、口は固いし、無駄なアドバイスも寄越さないからシカマルにとっても、話しやすい相手だった。

「告白する前に結婚なんて、ズルくねーか?せめて、フっといてくれっつーの」

 そう口にすると本音が堰を切る。ズルい、ズルい、ズルい……とまるで駄々っ子のような言葉で胸が埋め尽くされていく。

 あの人、オレの心をどんだけ弄んだと思ってんだよ。ふわふわとした髪も、オレを見てる吸い込まれそうな深緑の目も、よく手入れがされてる指先も、気が強いのが丸わかりな口調も全部にドキドキさせられたっつーの!最後のはちょっと違うかもしんねーけど!

 シカマルが記憶の中のテマリに、腹ただしさを感じていると

「フラれるのが前提なのか?」

 チョウジは不思議そうに聞き返す。初めて吐露された、シカマルからテマリへの感情に戸惑っているようにも思える。だから、シカマルはチョウジにわかりやすく説明するために、次々と繰り出す。

「そりゃあ、だって、お前。あの人は、風影の護衛で、砂のお姫様だぞ?オレみたいな中忍風情……しかも他里のやつの告白なんて受け入れてくれるわけねーだろ。『早く上忍になれ』って言われたのに、オレ、まだなれてねーしさぁ」

 シカマルは当初思い描いていた計画が破綻し、そして叶わなくなってしまったことにまた悔しくなった。

「だから、上忍になったら言おうと思ったのにコレかよ。今、申請してるとこだってのに。クソ」

 後少し、だったのだ。来週には申請の結果が発表される。このために、規定通りの任務もこなしたし、上への印象を良くするために報告書だってミスなく書いた。だから、十中八九、通っているとは思っているが、確実に上忍になってから、シカマルはテマリを迎えに行こうと思っていた。

 それなのに、なんで今聞かされなきゃいけねーの?

 シカマルはだらんとさせていた腕を、チョウジの首にまわし、ぎゅうと腕に力を入れる。やっぱり、秘薬を使っているにしても、チョウジの首は普段と比べても、細すぎる。

「今だってひょっとしたら、イケるかもしれないぞ?」

「あー!無理無理!チョウジも知ってんだろ!あの人、キチンとしてねー人嫌いなんだって」

 ぐっ、とチョウジは喉を鳴らす。シカマルはパッと思いつきで今後のことを、何通りか考えたが、テマリの言うような条件の男は、実は探せばいくらでもいる。連合の会議を通して、それは知っていた。それにひょっとしたら、まだ噂にないだけで、その相手はどこぞの里の、自分でも知っているような有名な忍かもしれない。そうなると、シカマルがいくら声を上げたところで、思いを告げることはできない。

「……もし、結婚の話を聞いてなかったらどうしてた?」

 チョウジは、まだ食いさがる。シカマルはこれ以上、醜態を晒すのを嫌がって口をつぐむが、もう全部吐き切ってしまって、忘れてしまいたい気持ちの方が勝った。

「……今回の申請で、上忍になんだろ?そんで、砂行って、その足で告白しようかなって」

「そこで、告白をOKしてもらえたら?」

 じゃり、じゃり、とチョウジの歩く速度が緩まる。

「そりゃお前、そのまま一生離さねーよ。木の葉に来てもらって、オレと結婚してもらう。結婚して数年は、お互いのリズムつかむために二人で生活して、んでタイミング見計らって、子どもは男でも女でもいいから一人はほしいな」

 もちろん、告白する時に、お付き合いは結婚前提にするつもりだと伝える気でいた。シカマルが、テマリの将来も含めて貰い受ける覚悟があること、それにテマリ自身と向き合おうと思っていることも。

「……うん」

「あの人に似たら、相当な美人になるんだろうなァ。女だったら、嫁になんて出せねーよ」

 頭の中で、シカマルはテマリに瓜二つの幼い娘を思い浮かべる。テマリの小さな頃を知らないため、シカマルの想像でしかない。
 テマリよりも丸い顔の娘が、新緑の目を大きく開き、父親であるシカマルに向かって

「将来は父様と結婚する!」

と可愛らしい定番文句を言う。想像だけでも頬ずりしたい気持ちでいっぱいになるのだが、きっと現実のシカマルはなんでもない顔して「いい男見つけろよ」なんて言うのだろう。傍のテマリがそれを見て、左手の薬指にはめた指輪を光らせながら、笑うところも想像に難くない。

「で、ナルトの面倒見て、定年まで働いて、老後はあの人と縁側で将棋打って、なんだかんだ言って、結婚しちゃった娘が産んだかわいい孫にたまに小遣いやる生活がしたい」

 シカマルの想像は止まらない。現実に叶わなくとも、せめて想像でぐらいは自由でいることは許されたかった。
 日差しが差し込むあたたかい縁側。そこにシカマルとテマリが将棋盤挟んで座っている。シカマルが勝つのが見えてる将棋の盤の向かい側には、渋い顔をして次の手を考えてる、しわが増えたテマリがいる。
 そこに、娘が孫を連れて帰ってきたら、孫はあいさつをしにシカマルたちのところに一目散に走ってくるだろう。だから、前もって来るとわかってる日は、服のポケットにお小遣いの入ったポチ袋を忍ばせておこう。シカマルが「大きくなったなァ」なんて、テマリにそっくりな孫を見て行ってる横で、同じ顔が二つ並んでまた、笑う。

「あと、あの人、オレより年上だから多分オレより先にいなくなっちまうんだよな……だから、オレがちゃんと看取ってやりてぇ」

 シカマルは棺に入ってるテマリを少し考えたが、すぐにやめた。いつ死ぬかもわからない自分たちにとっては、縁起でもないことだ。そまそも、ここまでの話はすべてシカマルの妄想だ。

「……って、なんでこんなこと、チョウジに話してるんだろうな」

 シカマルが乾いた笑いを吐き出せば、自分でも息が酒臭いもわかる。と同時に、胸のつっかえがとれたような気がした。
 現実は直視したくないぐらいひどいものだ。しかし、妄想の中ではそれなりに幸せそうなテマリを思い浮かべることができた。
 テマリが笑う先にいるのが、シカマルではない他の誰かに置き換わるだけ。そして、シカマルもテマリではない誰かに換えて、それなりの幸せを味わえばいい。おそらく、子どもが生まれれば、テマリのことなどすっかり忘れて、それから先を歩むことになるのだろうから。
 やっとシカマルが前向きに事実を受け入れられるようになってきた時、くぐったのが随分前に感じられる自宅の門が見えてきた。

 ここから、もっかい腹くくり直してがんばらねェとな。

「助かったわ。ありがとな」

 感謝を伝えると、チョウジはざくりざくりと道の石を踏む音を少しだけさせた後に

「……親友相手だと、そこまで話してくれるのにな」

ポツリ、とつぶやく。

「ん?チョウジ、どうした?」

 いくらか頭に冷静さを取り戻すの、やっとそのおぶってくれている相手が、チョウジではないのではないかと思ったが、いかんせん誰かというのがはっきりとしない。

「何も。ほら、家だぞ」

 シカマルを背負っていて誰かは屈んで、足を地面につけさせてくれるが、長年踏み続けた、玄関までの敷石が柔らかく感じるほどまな感覚は鈍っている。
 シカマルは足で大地を踏みしめ、体を反転させると後ろ首を手でさすりながら、

「すまねぇ。グチグチと悪かった。また今度、何かおご……」

 チラリと送迎者の顔を見ると、そこには、顔を真赤にした、さっきまで話題にしていたその人がそこにいた。

「えっ。テマリ?」

 シカマルは呆気にとられる。ここにいるわけがないと思い込んでいた。砂の婚約者のところにいるものだと。

「チョウジじゃない……?じゃあ、今の話、全部聞いて……?」

 こくり、と頷くテマリ。

 嘘だろ、オイ。オレ、本人に向かって妄想のライフプランを語ってたのか?いやいや、それどころじゃない。何がどうなってる?

「あー……えー……」

 ドクンドクンと心臓が脈打つたびに、シカマルの体の中にアルコールがまた回っていく。おかげで、頭の中はまたとっちらかった状態に逆戻りだ。

「……忘れてくれ」

 シカマルは、それしか言えなかった。
 目の前の相手は、結婚を控えている。シカマルがもう出る幕はない。
 しかし、テマリの言葉は意外なものだった。

「忘れない。じゃあ、私は帰る」

 忘れない?どういうことだ?

 シカマルのおでこ辺りが冷える感覚する。すると、いつものように頭が高速回転を始めな。

 つまりそれって、オレにもまだ勝機があるってことか?

「待ってくれ!」

 帰りを急ごうとするテマリを、引き止めるためシカマルはとっさに手を伸ばすが、わずかに届かない。もう一歩踏み出して、そのわずかな差を埋めるためにグッと前へ腕を伸ばし切ろうとする。が、アルコールでふらつくシカマルの足は低い敷石につまづき、前のめりに倒れこみながらでも、やっと手な届いたのはテマリの足首だった。

「なっ!」

 背中を見せていたテマリが、自分の足元で倒れたシカマルを起こすために前を向く。シカマルは格好などお構いなしにテマリの足に縋り付くと膝立ちになって、テマリを見上げる。

 かっこ悪いが、そんなことを言ってる場合じゃない。今しかないんだ。アンタに、オレの気持ちを伝えられるのは。

「なぁ、アンタ、マジで結婚すんのか?」

 無言のテマリ。それはシカマルにとっては残酷な答えだった。さっと顔から血の気が引く。

 どこだ?どこで間違えた?

 シカマルは、今一度、自分の今までの計算の誤りがどこにあったのかを探ろうとするが、それよりも裏切られたような気持ちが胸から滲み出し、目の前を霞ませる。

 アンタだけはオレにそんなことをしないと思っていた。いや、オレが思い込んでいただけだ。

「あんだけ一緒にメシ食って、あんだけ一緒に背中合わせて戦ったのにオレには教えてくんねーのか?」

 何も答えないテマリを、シカマルは揺さぶる。今まで過ごした時間は嘘だったのか、と問いながら。

「なぁ、テマリ、本当はオレのこと、どう思ってる?」

 ぽろりとシカマルが涙をこぼして、今まで触れようとしてこなかったテマリの本心に近寄るが、それでもテマリは何も言わない。シカマルから視線を外さずに、グッと眉間に皺を寄せるだけだ。

「オレのこと捨ててくつもりか?こんだけ惚れさせといて?」

 恥ずかしいことを言っている自覚は、シカマルにはあった。けれど、もうなりふり構っている場合ではない。

「せめて、せめて後出しでもいいから、告白ぐらいさせてくれよ。テマリ、好きだ。アンタのことが、好きだ」

 本音を吐露する時、シカマルは逃げた。顔を伏せて、あれほど恋焦がれた深緑の瞳を見ないようにした。テマリがシカマルのことをしっかりとその瞳で見続けてきたのは視線でわかった。けれど、心はこちらに向いていなかった、その事実をまだ、シカマルは受け止めきれていなかった。

「今さらかもしんねーけど、オレ、アンタのこと、すげー好きだったんだ」

 声は消えいりそうだったがシカマルはことさら強く、テマリの足を抱きしめた。初めて自分からテマリに触れた。にもかかわらず、もう叶わないことかもしれないと思うと、惜しくなった。

「だったんだ?」

 やっと、テマリが口を開いたが、それはシカマルの発言を訝しむものだった。

 なんで、アンタ今になってそんなこと思うんだ?

 シカマルは鼻をぐずりと鳴らすと、テマリの足から腕を離してすくと立ち上がる。最後ぐらい、かっこ良く見せておきたい、男としての見栄だ。

「だって、アンタ、結婚すんだろう?……結婚おめでとう。情けねーけどさ、アンタのきれいなとこ見たいから、式ぐらい呼んでくれよ」

 そうだ、オレ今、すげぇ情けねぇ。

 シカマルがポケットに両手を差し込んで、玄関に向かおうとすると、コツンと頭に石が当たる。投げたのは誰か明白だ。

「お前はそうやって、自分のことばっかり!バカか!私をきれいにしてくれるのは、お前じゃないのか?!」

 次々に石が投げられ、上手いことシカマルの全身に当たっていく。しかし、痛さよりも勝ったのは驚きだった。

「へ?」

 シカマルが顔を弛緩させると、テマリは石を投げる手を止めると、ぽろぽろと涙を流しながら、叫ぶ。

「告白、受けてやるって言ってるんだ!木の葉にも来てやるし、子どもは娘を一人でいいんだな?!遺伝子の操作はできないが、善処する!あと、将棋を覚えたら良いのか?!老後は、飽きるほど将棋に付き合ってやるから、最期はちゃんと看取ってくれ!!」

 シカマルが描いていたものを、テマリははっきりと覚えていた。そして、それに付き合ってくれるとも言う。
 夢なのではないかとシカマルは思ったが、石のぶつけられたところが痛い。現実のことであるのは確かなようだが、突然のことに信じられずにいた。

「マジで言ってんのか?アンタ、結婚すんだろう?」

 シカマルがテマリに聞くと、テマリは

「マジで言ってる。それに、結婚の話は、ナルトが勘違いしてるだけだ。私じゃなくて、部下の忍が結婚するからお祝いの品に何を贈ったら良いだろうか、いのやサクラに話をしてただけだ」

 つまり、聞きかじったナルトの勘違いだった、というわけだ。シカマルは混乱した頭で、短絡的に出た答えを、次に聞いた。

「えっ。ちょっと待てよ。つまり、オレ、アンタと結婚できんの?」

 自分でもバカな質問だとはわかっていた。しかし、はっきりとテマリの口から聞いておきたいことだった。
 テマリはむすっとした顔で

「できるかできないかと言われたら、できる、だな」

 シカマルに返答する。
 結婚できる。
 それがわかったのはいい。シカマルはこんなことを聞いてしまった恥ずかしさと、思い浮かべていた未来が手に入る嬉しさで今すぐ駆け出したくなる。が、同時に気になることが生まれた。

「するか、しないかは?」

 シカマルにとって、そこは重大なところだ。元の計画通りに進めるにしても、本人の意思がわからない限り、また今のような状況になってしまう可能性がある。
 シカマルがじっとテマリを見つめていると、テマリは真っ赤な顔で

「……する」

 小さくつぶやいた。
 シカマルは、内側に溢れ出し、混じり合うたくさんの感情の処理を行った上で、テマリに話しかけようとするが、どうにもこうにもまとまらない。
 黙り続けているシカマルに、テマリは手を差し伸べる。その手をとると、テマリは勢い良くシカマルを立ち上がらせて、くるりと体を回すと

「さ、とっとと家に帰って寝ろ。ただでさえ遅いんだから、これ以上はヨシノさんが心配するぞ」

 真っ暗な玄関の方へと、シカマルの背中を押す。

「……一週間後、上忍の申請の結果がわかるから、その後にちゃんとさせてくんねーか?まだ、指輪もなんも用意してねーんだよ」

 シカマルが、背中を押してくれるテマリに言うと、テマリはハァーと深くため息をつく。

「ここまでやっておいて、そんなこと言うのか?見栄っ張りだな。……砂で待っててやるから早く、来い。指のサイズは6号だからな」

 ぐいぐいと押されつつも、玄関の引き戸に手をかけるが、ここで帰るわけにもいかなかった。最近、夜更かし気味のヨシノが玄関が暗くさせているということは、それなりに夜も更けているということだ。

「わかった。6号だな。ってか、宿まで送るわ。いつものとこか?」

 シカマルが家の中ではなく、外に面している通りに向かって歩き始めると、テマリがその二の腕を掴んで止める。

「いい。さっさと寝て、頭を冷やせ」

 グッと腕を引いてシカマルに、中に入るようにいうがシカマルは逆に、テマリの手首を掴んで二の腕から引き剥がすと

「は?大事な未来の嫁さんに傷なんてつけさせて、たまるか。ほら、行くぞ」

 そう言って、空いているテマリの指に自分の指を絡めると、きゅっと握りしめた。そして、テマリの手を引いて歩き出す。

 これが6号かァ。どんな指輪だったら、この人の指に似合うんだろうなァ?

 シカマルは、隣で抗議するテマリの声を聞き流しながら、金や銀の指輪を、繋いでいるその指に頭の中ではめた。

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