時間のある時は、テマリの手伝いをするようにしている。これはテマリが言い出したことではない。オレが自分で判断しているだけだ。
家具を移動させるような大掃除に、特価の日の買い物。いくら腕利きのくノ一とは言えども、醤油瓶の重たさは普通の女と変わりがない。
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オレは両腕からぶら下がる重いバッグから瓶の頭を覗かせて、夕暮れの街をテマリと二人で歩いていた。オレンジに照らされた町並みにはいつもと変わりなうそこにいて、行き交う人々の頬をほころばせて話していたり、父親になりたての男が腰を屈ませて子どもに手を引かれている。
丸に斜め線が入った模様が散らばっているバッグが、ウチの買い物バッグだ。シカダイが生まれる前から使っているそれは、年季を帯びてきて、いくつもシミがあるにもかかわらず、テマリはずっと使い続けている。
そろそろシカダイにこの仕事を任せてもいい。が、やんちゃ坊主は今日も今日とてボルトに引きずり回されているらしい。
「まったく。シカダイのやつ、またフラフラとどこかに遊びに行って」
隣を歩くテマリは呆れかえる。曰く
「私が同い年だったころには考えられない」
とのことだった。テマリがガキだった頃と比べれば、里が、情勢が、違えば、子どものあり方は大きく変わる。大人に振り回されるのはいつだって子どもだ。
「仕方ねーだろ」
オレが諌めても
「出会ったころのお前にそっくりだ。だらしがない。それに……」
テマリの腑には落ちない。果てはまだガキだったオレの悪口になる。
「へーへー」
あとで怒られると知りながらも話半分に聞き流していると、醤油瓶がいっそう重たく感じられる。
「お前なぁ、真っ直ぐに家に帰ってこい、ヒナタに迷惑をかけるんじゃない。あの後、菓子折りを持って謝りに行ったんだぞ。私は」
テマリの小言は十二歳のオレだけじゃなく、三十路になったオレにも降りかかってくる。
「その件は頭ついて謝ったろ。勘弁してくれよ、ったく…」
「一度や二度なら私も許すが、その後はいののところでもやらかしただろう? シカマル、忘れたとは言わせないぞ。付き合いもあるだろうから、酒を飲むなとは言わないがもう少し遠慮して飲め」
「はいはい」
「はいは一回!」
ぷりぷりと怒るテマリを尻目に、早く家につかねーかなとぼんやり考えていたその時
「なぁ、これ、お前に似合うんじゃないか?」
ふいに、テマリが足を止めた。
シカダイがフラフラしているのは誰に似たのか、と聞かれればオレは「テマリ」だと答えるだろう。こういったところがシカダイはテマリによく似ていると思う。良く言えば、目聡いというか、周りをよく見ているというか。悪く言えば、気が散りやすい。
テマリは軒先にかけられている竹竿からぶら下がる一つのネックレスを取り上げる。銀の輪っかがついたシンプルなものだ。しかし、そんなもの男のオレに似合うはずもない。
「んなもん首からぶら下げてどうするんだよ。オレに似合わねーよ」
思ったとおりのことを口にすると
「ピアスの代わりにいいじゃないか。お前がめんどくさがっていた手入れをする必要もない」
テマリは手をのばすし、かたいしこりが残ったオレの耳たぶに触れる。ピアスを外してから、買い物バッグを使い始めてから、もう随分と時間が経っていた。
「元から洒落っ気がないんだ。少しぐらい格好つけてもいいんじゃないか?」
テマリは店員を呼ぶとすぐに代金を支払ってしまう。オレの意見なんて、あったもんじゃない。
そしてホックを外すと早速オレの首に腕を回した。ふわりと香るテマリの匂いは、何度嗅いでも自分と同じものを使っているとは思えないほど柔らかな匂いを発している。
「ほら、似合う」
とんとんと胸板を叩かれて、視線を下げると輪っかが輝いていた。
「これなら風呂にも入れるし、いいだろ?」
テマリの、ニシッと笑う顔が自然になったのはいつからだろう。不器用に笑っていたあの頃とは全く違う。
「あぁ、ありがとうな」
生ぬるいチェーンが首に当たっているのに違和感を感じながら、オレはテマリに礼を言った。