「ぎゃあ!」
テマリの品のない悲鳴で起こされたシカマルは、枕に沈ませていた頭を持ち上げた。しっとり濡れたシーツは足元で丸まっていて、マットレスに直に肌が当たる。頭が鈍く痛むのは、昨晩、自室に連れ込んだ彼女と「久しぶりに会ったから」と熱い夜を求め合ったせいだった。
「どうした」
ぐわんぐわんと痛みが頭を回るのは、汗をかいたのに水を飲まずに寝てしまったせいだろうか。それとも眠気に抗いきれず、一服せぬまま眠ってしまったからだろうか。
目前でぷるぷる震えるテマリの白い背中を見ながら、シカマルが痛む頭を抱えていると
「お前、これ、どうしてくれるんだ」
小さな手鏡を手にした下着姿のテマリが、顔を真っ赤にして、こちらを向いた。指差した首元はシカマルがつけた、濃紅の花が咲き乱れている。胸元にまで広がった花畑がテマリは気にくわないらしい。
「別に痕の一つや二つ……」
「一つや二つ? ……そんなレベルじゃないだろ、これ! 今日は火影邸に行くと話をしてあっただろ! こんな姿じゃ、外もおちおち歩けやしない。全然隠れないし、どうしてくれるんだ」
つり上がった目にギロリと睨みつけられ、乾いた喉がひゅっと鳴る。すぐに何かしたの行動を起こさねば、雷が落ちるのも間近だ。すでに暗雲に包まれているのだし。
「あー。わかった、わかったから。オレの服貸してやるからそれ着ろよ」
頭の痛みなんて、今の問題じゃない。シカマルはベッドから抜け出すとパンツ一枚でタンスの元に急ぎ、仕舞ってあった服に手をかける。しかしテマリは
「お前の服はサイズが合わない」
拒否をしながら、ぴったりと閉じている太ももの上にのせているポーチの中を弄った。ガチャガチャと中で硬いものがぶつかり合う。
「オレが他に何か持ってると思ったか?」
「何かないのか? 昔のやつとか。私はいつもの服しか出せない」
細長いスティックを取り出すと、蓋を取って中身をくり出す。そして、鏡を見ながら肌色の着色を首に施してみるが、満足がいかないらしい。嫌そうに、顔をしかめる。
「何かって…」
ちらりとタンスの中身を見て、今さらながら、持っているものは真っ黒な忍服ばかりだということに気づいた。スタンダードな、黒の装束。昔の服は汚れるたびに捨てていたし、私服なんて袖を通す機会がないから買ってもいない。
ふと、片隅に追いやられた季節外れのマフラーが目についたが、初夏にこんなもの巻いてる女はおかしい。
考えあぐねいているとテマリが傍から、シカマルの開けた引き出しを覗いていた。
「お前がいつも着てるやつだと、バレるだろ。……お前、他に服はないのか?」
「任務ばっかなんだから仕方ねぇだろ」
テマリは畳まれているタートルネックを一枚ずつ確認していくと、引き出しの中を吟味する。
「閉めんぞ」
これ以上文句を言われる前に、引き出しを閉じようとするとテマリは「待った」と止める。
「これ、貸してよ」
取り出したのは、ナルトの結婚式に参列するために買った礼服とセットの、灰色のタートルネックだった。最近買ったものだから、テマリの言うサイズの問題は全く、解消されない。
それなのに、テマリはそれを選んだ。
「これならお前だってバレない」
いそいそと服に頭を突っ込むと、やはり緩くなってしまった首まわりを手鏡を見て、気にする。
いつもと違う、男もんの服を着て、セックスしたってバレるのはいいのかよ。
シカマルはそう言いたかったが、口をつぐんだ。そのかわり
「どうだかなァ」
そう言うと自分の、いつものセットに手をかけた。黒のタートルネックに、黒のパンツ。後は出かける前にベストを着たらいい。
丸まったシーツからヘアゴムを救い出して、髪を結び直していると
「これぐらいなら許容範囲だろ?」
だぶつく袖を捲ったテマリが「どうだ」とシカマルに聞いた。
灰色のタートルネックに藤色の腰巻は正直に言うと、似合わない。しかしタートルネックのサイズが大きいことで、テマリの、男の自分よりも華奢な感じが、浮き立っていた。今はかわいらしい雰囲気を身につけている体のラインに、ぴったりとあう服を着ていることが多いから、目新しさもある。
すぐに脱げてしまうであろう服の下に手を差し込んで、それから……。
シカマルはそこまで考えたが、無理やり頭の動きを止めた。
「微妙。いのからなんか借りてきてやっから、いつもの服着て、大人しくしとけよ」
シカマルは髪束の根元をぎゅうの縛ると、床に放り投げられていたベストを拾い上げた。
「これじゃ、ダメだったか?」
「ダメだ。どっちにしろ、首が見えてんだから意味ねーだろ」
いのに聞けば、今の季節にあうものを貸してくれるだろう。首に巻くものじゃなくてもいい。どうせ似たような体型なのだから、クビが詰まっていれば上着でも構わない。
「ダメか……」
悪くないと思ったんだがなぁ、としょんぼりとしながら手鏡を見るテマリの細腕で、折れた布がすすすと肘に溜まる。
こんなに小さかったか?
抱く時も考えることだが、テマリはシカマルが思っているよりもずっと、女の体をしている。力をいれれば折れてしまいそうで、でも柔らかさがあって……その上、自分よりもずっと小さいとくれば胸の内ある「守ってやらねば」という、実力のある彼女にはおおよそ必要のないであろう感情が、勝手に揺さぶられる。
「ちゃんと体に合うやつにしとけって」
「早くしてくれ。時間がない」
「はいはい」
部屋を出ると、いのにはどう説明したものかを考えた。まさか「痕をつけたから、隠すものを寄越せ」とは言えない。
「〜〜ッ!」
シカマルは廊下で座り込むと頭を抱えた。
ちらちらと脳裏で反復する、シカマルの服を着たテマリの姿が、思考を邪魔する。
テマリには昨夜のことがなかったかのように冷たく言ったが、他の男にこの姿を見せたくないというのが、本音だった。