【母ちゃんの誕生日 おまけ2】深夜の義兄弟男子会

 簡単な撤収作業を終わらせたシカマルが帰宅できたのは、夜遅くなってからだった。
 疲れた体を引きずって、玄関の引き戸を開けると居間に明かりがまだついており、妻と義弟たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
「あのシカマルがなぁ」
 ぷぷ、と笑いをこらえながら言うテマリの声は弾んでいて、やっぱり砂から来てもらった甲斐がある、とシカマルは思った。
 下駄を脱いで、玄関の隅に置くと、にぎやかな居間へと顔をだす。
「ただいま」
「おかえり。聞いたぞー。カンクロウからー」
 けらけらとまだ笑っているテマリの向こうで、カンクロウが申し訳無さそうにする。我愛羅は無言でグラスを傾けてぬるくなっているであろう冷酒を流しこんでいた。この会話から逃げたのだろう。
「ひょっとして」
「お前、私のために二人を呼んでくれたのか?」
 テマリは赤い顔でふふっと笑って、隣に座るようにポンポンと畳の上を叩く。

 酔っ払うとこの人めんどくせぇんだよな。ここはもう言うこと聞くしかねぇかなァ。

 何をされるのかビクビクしながらシカマルがおとなしく、誘われた場所へ収まると
「ありがとう。きょうはもらいっぱなしだー」
 そう言って、頬にちゅっと柔らかいものを当てる。
「ヒュー」
 カンクロウが口笛を吹いて茶化し、酒を飲んで逃げたはずの我愛羅はギンとこちらを睨みつけてくる。
 ちゃぶ台の上には、空になった酒瓶や缶が散らばっており、簡単にテマリがどれほど酔っているかを推測する。
「……そーいう日なんで。ってか、アンタもう寝ろ」
 腕に絡みついてくるテマリを引き剥がしながらシカマルは言うと、テマリは唇を突き出して文句を言う。寝間着用の藍色の浴衣の胸元が肌蹴て、目に悪い。
「いいじゃないか。たまにはこんなひがあっても」
「ダメダメダメ。せめて、カンクロウと我愛羅の前ではやめろって。オレが殺される」
 オレが、我愛羅に。
 そう言いたいのだが、酔いが回っているテマリにはいつもの頭の回転がない。年甲斐もなくぷぅと頬を膨らませると
「もうシカダイだっているのに?」
 やってることはやっていると知ってるんだから、これぐらい大丈夫だろ、と言いたいらしい。
 しかし、それは二人のあずかり知らぬところでやっているわけで。
「ダメだ。カンクロウ、我愛羅。とりあえず、オレはこの人を寝かせてくるけど、お前らはどうする?」
 うだうだとシカマルの首元にまとわりつくテマリをシカマルは、軽々しく横に抱き上げる。
「シカマルが付き合ってくれるなら、もう少し起きててーじゃん。話したいこともあるしな!」
「左に同じ」
 二人とも、目の前のグラスに酒瓶から酒を追加しながら言う。

 だいぶ、めんどくせーことになったんじゃないか。

 寝室に向かう階段を上がりながら、シカマルは頭を痛ませる。義弟のことはテマリに任せて、自分はこのまま寝ようと思っていたのに……。
 ぐだぐだと何かを話しているテマリは、シカマルが話しを聞いてくれないことがおもしろくないのか、
「シカマルッ!聞いてるのか!」
叱責をはじめる。しかし、シカマルは冷静に
「へーへー。あんま大きな声出すな。シカダイが起きんぞ」
声の大きさを注意すると
「ごめん……」
テマリは口元に慌てて両手をやる。

 この人、今日で何歳になったんだっけ?ずりぃだろ、それ。

 寝室のドアを開けて、真正面のベットにテマリをベットに横たわらせると、ベットの端に座ってきちっと袂を直してやる。
「ほら、もう寝ろよ」
 シカマルは言うが、まだテマリはクダを巻いている。

 黙らせるためだ。

 自分にそう言い訳をして、ぐちゃぐちゃとまだ何か言っている艶やかな唇を、シカマルがを唇で塞いでしまう。軽いキスで済ませるはずだったのに、テマリがシカマルの背中に腕を回して引き寄せてから、どんどんキスが深くなっていく。
 酒臭い舌に己の舌を絡めて、テマリの歯列をなぞるとぶわっと体の中心に熱がこもる。簪をつけてくれたのを忘れたかのように、髪を激しく撫で回されると頭にも熱が回ってくる。勢い余って、直したばかりの袂の中に手を差し入れようとしたその時。

 ダメだ。止めねぇとやばい。

 そう思って、シカマルが強引に体を引き離した。下にカンクロウと我愛羅を待たせているのだ。
 息の荒いテマリが
「さっきはだめっていったのに」
 潤んだ瞳で言う。
「今はいいの」
 シカマルは崩した袂を直してやると、テマリの体の上に掛け布団をかけた。
「おこってる?」
「怒ってる」
 あまりにも突き放すような言い方をしてしまった、と気づいたのはテマリの目尻から一筋涙がこぼれてからだった。
「別に嫌じゃねーけど、カンクロウと我愛羅がいるところではダメだろ。気を緩ませすぎた」
 汗ばんだ額にちゅっとキスを一つだけすると、テマリの早くなっている鼓動よりもゆっくり、ぽん、ぽんと胸元を叩く。
「シカダイが、さっきやっと『おめでとう』っていってくれたんだ」
「よかったじゃないか」
 うとうとしているが、緩む口元にまた笑い皺が浮かぶ。
「すごいうれしかった」
「そうか」
「うぅん……シカマ……ごめ……」
 うとうととし始めたテマリは、謝罪の言葉を最後までいうことはなかった。その代わりに、ゆっくりとした寝息が聞こえてくる。
 シカマルは安堵して、ふーと溜息をつくとぐちゃぐちゃになった髪に紛れ込んでしまった簪を抜いて、ベットの傍らに置いた。

*****

「姉が……すまない……」
 シカマルが居間という名の、居酒屋に戻ると、出迎えたのは我愛羅の苦々しい謝罪だった。席を外している間に片付けたのか、ちゃぶ台の上にはまだ酒が残っている瓶が2本ほどと、シカマル用の新しいグラスがあるだけだった。
 台所で水を流す音が聞こえるから、後処理をカンクロウが行っているのだろう。
「あー……まぁ、慣れてっから」
 適当な酒瓶を引き寄せて、シカマルは中身をグラスに注いでいくと、透明な液体がグラスの中を満たしていく。
「絡み酒をしているのは知っていたが、あそこまで絡むタイプだったか?」
「どうだろう」
 思い出そうと顎ヒゲに手を当てているシカマルに、我愛羅は手元のグラスをシカマルの方へと傾ける。それを見て、シカマルはその口にチンとグラスを当てると、グラスの中身を口の中に含めた。鼻の中を、芳醇な米の匂いが通っていく。同時に我愛羅も、体の中にアルコールをいれていた。
「ママ友、だっけか。そんなんで、いのとかサクラとかカルイとばっかり飲んでるから、他の男とどうこうってのはなかったはずだ。普段はあんな状態になるまで飲まないし」
 シカマルが先ほどの発言に補足すると、我愛羅は「そうか」とだけこぼして、また酒をあおる。
 二人の無言の合間を、水の音がかき消す。
 二口、三口とシカマルが日本酒を飲んだ時、突然我愛羅がぽつりと話しだす。
「……テマリが幸せそうで本当によかった。木の葉にテマリをやるのが、正解だったんだな」
 手に持っていたグラスを置いて、我愛羅は左の手のひらを見つめる。
「わからねぇ。だけど、我愛羅にもオレにもあの印が出てねーんならそういうことなんだろ」
 シカマルも、グラスを置いて左手を見つめる。我愛羅と交わした誓いは破られていない。だから、それを示すはずの印は浮いてこない。

 幸せにしてやってくれ。

 あの時交わした誓いの言葉は、我愛羅にしては定義不足なものだった。明らかな線引がない言葉での行為だった。だから、テマリが何に対して幸せだと感じているのか、何がきっかけで不幸せだと思うのか、シカマルには今だにはっきりとはわからない。けれど、それで良かったのだ。わかっている幸せの基準を満たしてやるよりも、こうやって手探りで、テマリをどうやったら喜ばせてやれるか、とわからぬ答えを見つけるのが何よりも楽しい。
「人の幸せとはわからぬものだ」
 首をかしげる我愛羅に、シカマルが
「オレもわかんねぇわ」
 グラスをまた持ち上げて、返す。
 あいにく、国語辞典のような明確な答えは持っていないし、探そうとも思わない。分析するにしてもまだまだ、情報不足だ。死ぬときになってもわからないかもしれない。
「だけど、こうやって兄弟に会えるのはあの人にとってこれ以上ないぐらい幸せなんだろうな」
 花火の途中で見せてくれた、テマリの笑顔を思い出す。少年のような笑みをした妻だったが、今にして思えば、いつからか女性らしい柔らかな笑みもできるようになっていた。それに笑い皺も。
「それはシカマルもいて、シカダイもいて成立することだ」

 あぁ、そうか。シカダイ。

 シカマルは納得した。
 シカダイが生まれてからだ。あんなに優しく笑うようになったのは。
 シカマルは空っぽになったグラスを天板の上にトンッと置くと、同じ瓶に手を伸ばす。
「火影相談役はまだ飲むんじゃん?」
 カンクロウが、洗いたてのまだ水滴がついているグラスと、萎えかけた白と緑の花が刺さった花瓶を持って戻ってきた。
 座卓の真ん中に花瓶を置くと、漂ってきた匂いがシカマルの苦い記憶に触れる。
「オレも飲むかなぁ」
 なんて言いつつ、シカマルの向かい側、我愛羅の横に、カンクロウは座り込むと机の下から酒瓶を取り出して、水滴など気にせぬといった風に、琥珀色の液体を流し込む。そして、
「テマリの誕生日に乾杯じゃーん!」
 そう言って一気にグラスを空けて、次を注ぎ込む。
「おいおい。カンクロウ、飲み過ぎじゃねーの。花火ん時からずっと飲んでねぇか?護衛任務はどうした」
「いまさら、我愛羅を襲う、アホなんていると思ったか?そもそも、オレはテマリが飲んでる間、ずっと水飲んでたからな。すっかり酔いがさめてんだよ」
 けらけらと笑いながら琥珀色のそれをまた一口で煽り、次をいれようとした瞬間、隣から、我愛羅の腕が伸びてきて、自分にも入れろと無言の合図を送る。カンクロウは自分のグラスと同じようにそのグラスも、琥珀色で満たしてやる。
「甘い匂いがすんな。それ」
「あぁ。ウチで作ってる酒だ」
「砂でか?」
 そんな特産品あったか?とシカマルが聞きたそうにしてる顔を見て、カンクロウが言葉を足す。
「ウチ……っていったのが、まずかったな。これは、オレたち兄弟で作った酒だ」
 匂い嗅いでみろよ、とカンクロウはシカマルの鼻先にグラスを突き出して、ぐるぐると中の液体を回すと、目の前の花瓶の花から漂う匂いと全く同じ匂いがした。これは。
 我愛羅も一口でその酒を飲みきってしまうと、
「ガーデニア……くちなしの木の樽に漬けた酒だ。テマリがくちなしの花が好きだから、一度漬けてみようとなってな。ずっと寝かしていて、やっと飲み頃になったから持ってきたんだ」
「お前も飲むか?素人が作ったからな。度数は低いぞ」
 カンクロウに酒瓶を持ち上げるのを見て、慌ててシカマルはグラスに残っていた酒を飲み干すと、グラスを渡す。カンクロウが琥珀色の液体をグラスに注ぎこむと、それで酒瓶の酒はなくなってしまったようだ。
「いいのか?最後がオレで」
 シカマルが申し訳無さそうに言うとカンクロウが
「義理とはいえ兄だ。最後に飲むのはやっぱり長兄だろ」
 そう言って、破顔する。その隣で我愛羅もこくりと頷く。
 心が、くすぐったくなった。シカマルには下の兄弟はいない。だから、こうやって親以外の、親しい人に譲られることに今だに慣れないし、どういった対応をするのが正解なのかもわからない。
 だが、言われたとおりやってしまうのが一人っ子の性なのだろう。シカマルも、二人をならって琥珀色の液体を一気に口に含む。まだアルコールの尖りが抜けていない酒だったが、思い切り鼻から息を出すと、濃厚な甘い香りが突き抜けていく。
「うまいな。これ」
「だろ?丁度、食卓にくちなしの花があったから持ってきてやったぜ」
 鼻の中を通る酒の匂いと、花瓶の中の花の匂いが、まざる。酔いが回り始めている頭では、どちらがどちらのものなのか冷静に判断できない。
 しかし、この匂いに嫌というほど嗅ぎ覚えがある。
「あー。これ、テマリがよくつけてるやつだろ」
「あたり」
 カンクロウはそのあたりにあった酒瓶に手をかけて、グラスへ注ぐ。
「シカダイもそれを狙ったのか?」
 我愛羅もまだまだ飲み足りない、と言った風に酒を継ぎ足す。
「そんなわけねーじゃん。それは、オレ」
 カンクロウはピッチを落として一口だけ飲むが、口に合わなかったらしい。顔をしかめる。
「シカダイがゲームの話ついでにテマリにちっちゃい花束贈るって教えてくれたから、オレがいのにこっそり頼んどいたんだよ。テマリの好きな花。足りなかったらオレが払うからって。つーか我愛羅、よくわかったな。シカダイが贈ったって」
 我愛羅は平然と酒を口に運びながら、
「匂いが独特だからな。シカダイの服についていた」
 と言う。それから、まだ言葉を続ける。
「それよりずっと気になっていたんだが、他の五影は誘致しなくてよかったのか?オレだけ呼ぶ、というのも体裁が悪いだろう」
 一口、二口と飲み込まれる酒を見て、シカマルは閉口する。

 テマリが居た時から含めて、いったい我愛羅は何杯酒を飲んでいるんだ?

 グラスの中の酒が我愛羅の中に消えるのを見送ってから
「あぁ。一応、全員に招待状は送ったんだけどよ、砂以外はみんな忙しいんだとよ」
 そう我愛羅に告げると、そうかと我愛羅はつぶやく。けれど、カンクロウが
「気を使われてんじゃん。黒ツチのやつなんか忍連合でもテマリと仲が良かったんだろ?テマリの後釜にはいったオレが大変だっただろ。『むさい男なんて里で見飽きてんだよー!』ってな。たぶん、そこからダルイと長十郎にも伝わってんじゃね?」
 聞いてきたかのように話すが、それはシカマルにも心当たりのあることだった。
「そういうルートか。ってか、アイツらにも、たまには顔を合わせてやりてぇとは思うけどな」
 現状、それは難しい。
「まぁ、あいつらならそのうちで大丈夫だろ。当分、死にはしねーじゃん」
 カンクロウは入れたばかりの酒を飲み干しながら、シカマルにも勧める。シカマルは無言でグラスを押しやると、なみなみと注がれる酒を見つめた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です