【母ちゃんの誕生日 おまけ1】夜空の花束の時の奈良夫妻

 ドンと地面を揺らすような音がして、パラパラと火花が散っていく音がする。さぞかし美しく咲き始めた夜空の花よりも、シカマルはそれを眺めているテマリの横顔を眺めていた。

 こんなつもりじゃなかったんだけどなァ。

 そう心の中でつぶやいたのは、シカマルだった。彼の計画通りに事が運んでいたならば、今ごろここにはうずまき家と奈良家、それに風影がいるだけで、もっと静かにこの景色を堪能できただろう。けれど
「どうせなら、皆で見ようってばよ!」
とナルトの咄嗟の鶴の一声により、同期の面々が家族や恋人を連れ立って集まることになってしまった。
 今日、誕生日を迎えるテマリに、どうせなら彼女の砂の家族と静かな時間を過ごさせてやりたかった。
 こんなことなら、余計なことを考えられないぐらいナルトに書類を積んでやればよかっただろうか。いや、そんなことをしたらもっと悲惨になるようなことを考えたはずだ。
 意外性No.1忍者の異名を思い出すと、頭を抱えたくなる。
 彼ばかり、いつもシカマルの目論見から大きく外れるのだ。いや、わざと外しにきてるんじゃないかとさえ思うこともある。

 怒ってんだろうなァ。人が多いとこ嫌いみてぇだし、しくじったか?こりゃあ。

 今年は全部、運によってできたものだった。
 風影の来訪はカンクロウからメールがきてから思いついたものだったし、事前にプレゼントした浴衣の生地も、いのが言ったから渡したものだ。自分で考えて買ったものと言えば、簪ぐらいだろうか。でも、それもたまたま、だった。
 里内を歩いていて、偶然、生地を買った呉服屋の店先を通った時に、店主が
「この前の生地と美人な奥様に、よく似合う簪を見つけてきました」
なんて言って、わざわざ奥から重々しい箱を持ち出してきて、簪を見せてくれたのだ。
 先には扇子の小細工がついた、テマリの髪色と同じ簪。
 シカマルはその簪が浴衣に似合うかどうかなんてわからない。店長は、
「ミセスだと、若い子がつけるような派手派手しいものより、少しだけ差し色の入ったものの方が涼しげに見えて、大変良いんですよ」
とかなんとか言っていたが、少しもピンとこなかった。シカマルには色の組み合わせがどうとかや、年齢相応の格好とかいったことが、わからないからだ。
 けれど、最終的にはそこそこ値の張るそれを購入した。
 理由は、テマリが愛用している扇子によく似ていたから、それだけだった。扇子にはめ込まれていたのが菫色の石でなければ、買わなかっただろう。
 空の上へ上へと飛ぶ花火を追いかけて、テマリが頭を傾けると同時にきらりと簪の扇子が光った。

 任務に出せってか?

 シカマルは毒づくと、テマリの髪に埋もれた簪を憎々しげに見つめる。
 テマリの元々の気質は武闘派だから、今のように家庭に縛りつけられるよりも、任務に出してやって扇子を振っている方が性に合うだろう。しかしシカマルが「女は内を守り(つつ、夫の尻を叩き)、男は外で守るために働く方がいい」といったようなことを主張したことから、よっぽどのことがない限り、テマリは家事に専念してもらうようにしてもらった。一族の仕事やシカダイのことを任せきっても良いと思うぐらい、シカマルはテマリのことを信頼していたという面が非常に強い。
 だから、一緒になってもらったのだ。
 だが、それでこの武闘派が納得しているかと言われれば、そうでもないとシカマルは思う。
 今でも、家事の合間を見つけて修行しているのは知っていることだった。それに、術の精度が若い頃よりも上がっていることも。テマリの気性をそのまま表したような荒々しい風だけではなく、肌を撫ぜる柔らかい風も手扇子で作り出せるようになっていて、夏場のこの時期にはその恩恵のたまに預かったりすることがあったからだ。風の強弱だけでなく、吹かせる範囲も自分で決められるようになっていたのには驚いたが。

 だけど、悪りぃな。オレは出す気なんざ、さらさらねぇんだ。

 誰かに言うわけでもない。簪に本心を吐露する。
 複雑な心境を抱いているシカマルをよそに、隣に立つテマリは時たま扇子を光らせながら、楽しそうに空を見上げている。
 緩んだ口元から「おぉ」と歓声が漏れるのを間近で見るのは、随分と久しぶりなような気がした。

 去年はどうだったかなァ。一昨年は?シカダイが生まれた時は?その前は?

 シカマルの頭をよぎる春夏秋冬の思い出がくっきりと形作られる前に、テマリが口を開く。
「私、こんなに大勢で花火を見たのは初めてだ。すごく、楽しいんだな」
 ポロリとテマリがこぼした言葉だったが、その言葉は騒ぎに騒いでいるナルトの声をすり抜けて、シカマルの耳にはっきりと届けられた。そして、心の中が充足感で満たされていく。
 人が多いところに行くといつもより仏頂面になるから、テマリは喧騒が嫌いなものだとばかり思っていた。しかし、どうやらそうじゃないらしい。
「そりゃあよかった。大勢で見るほうが楽しいもんな」
 シカマルが返事をすると、テマリはそれに、と花火からシカダイに視線をうつしてから、付け足す。
「こうやって木の葉の里の花火を、カルイと、その子どものチョウチョウと、それにシカダイと見ることができて、私は嬉しいんだ」
 だいぶ含ませた物言いだったが、シカマルにはその意味がすぐに理解できた。それは、鉄の国でこれからの忍界の話を黒ツチやダルイ、長次郎としていた時、彼女がいつかの夢だが、と語った時のことだ。
 いつか、里のことなど気にせずに祭を家族で楽しめるような状況が作れたら、と。
 その後、何やらそれらしい言い訳をつけていたが、その夢はその場にいた誰もが思い描いていたことだったから、そんな言い訳は必要なかった。
「日常単位では里の意識をさせない、だっけか?」
 その時、彼女がした言い訳を口にするとテマリはぷっと笑う。
「まだ覚えていたのか?」
「そりゃあ」
 オレもいつかそうなりゃいいな、って思ってたから。
 そう付け足して、松葉色の先に落ちているテマリの左手をそっと包む。テマリは特に驚きもせずに、やんわりと握り返す。
「また来年、こうやって見られるようにしてくれるんだろう?」
 ニシシと笑う顔は、幼いころと全く変わらず。夢を見ていたあの頃と変わらず。目元には、いつもぶつくさ言っている小じわができていて年齢を感じさせたが、同時に浮かぶ口元にできた笑い皺をシカマルは非常にかわいらしく思った。
「それがオレの仕事だからな」
 シカマルは、そう答えるときつくテマリの手を握りしめた。扇子を持っていた時には感じなかった肌の荒れを、手のひら越しに感じる。水仕事ばかりさせているせいだ。けれど、それも愛おしく感じる。

 まぁ、いいか。この人が楽しんでくれてるなら。あの時、誓った未来のためなら。

 と心の中でつぶやくとようやくシカマルも、空に浮かぶ花を楽しめる気持ちになった。

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