【母ちゃんの誕生日 7/7】贈り物とは

 空がすっかりいつもの夜空に戻ったところで、ナルトが解散を告げる。
 各々家族ごとに集まって散っていく中、シカダイもテマリの元へ行くと、テマリは空っぽになった重箱を風呂敷に包み直しているところだった。
 テマリが机から持ち上げようとしたところで、シカダイが結びを掴むと
「オレが持つよ」
と申し出る。
「じゃあ、頼む」
 テマリから任された風呂敷を抱えると、シカダイはこくりと頷いた。大人たちの後片付けの邪魔にならないようにシカダイは端の方に座り込むと、シカマルに指示を仰ぎながら、せわしなく動いている大人たちを眺めていた。ゴミを集めて、ブルーシートをたたんで、それから長机を運んで行って……。
 火影邸の屋上からすっかり何もなくなってしまったころ、シカダイがやっとテマリに連れられてスロープを降りていくと、柵の向こうに見える通りには人がまばらになっており、行きと違っていくらか歩きやすくなっているように見えた。
 火影邸の中に戻るドアのへりをまたいで、きた時に通った通路を歩こうとするとテマリが、シカダイを止める。
「シカダイ、我愛羅のおじちゃんとカンクロウおじちゃんも一緒に帰るから、ちょっと待ちな」
 ドアのところで他の家族を見送っていると、最後にナルトがすっかり寝てしまったひまわりを背負って、我愛羅とカンクロウ、それにシカマルを連れて出てきた。
「我愛羅、今日はありがとうってばよ。カンクロウも」
「こちらこそ。たまにはこういったことも悪くない」
「また呼んでくれじゃん」
 友人の会話としての会話をしながら。シカマルは二人の会話に微笑むと、シカダイたちのところへやってきた。
「オレはまだ帰れねーから、先に帰っといてくれ。今日中には帰る」
「わかった」
 テマリが返事をすると、次はシカダイに向かって
「シカダイ、帰り道は頼んだぞ」
と言う。シカダイも、わかってるよと返事をすると、シカマルはシカダイの耳元に顔を寄せて、
「女を守んのが、男の仕事だ。女がいくら強くてもな」
テマリに聞こえないようにささやく。
それにも、わかってると言うと
「頼んだぜ」
シカマルは、シカダイの目を見て言う。そして、我愛羅とカンクロウがテマリのところへやってくるのを見ると、ナルトのところへ戻っていった。
 その背中が廊下の角に消えるまで四人で見守ると
「じゃ、帰ろうか」
 テマリは三人に告げる。カランと下駄の音を響かせながら、四人は廊下を歩き始めた。

*****

 今晩、我愛羅とカンクロウは奈良の家に帰る。これは前もって、シカマルが決めていたことだった。

『宿はとらなくていいぞ
いつもどおり、家に泊まったらいいだろ 我愛羅も一緒に
積もる話もあるだろうしな
ってか、夜道をテマリとシカダイを歩かせるにはあぶねぇから見ててくれると助かる
オレは片付けがあるから帰れねぇし』

 花火大会の話や、会談の打ち合わせをしている時に、カンクロウにメールでそう指示をしてきたのだ。
 それは我愛羅にとってありがたい話であった。けれど、手放しで呼べる提案であるとは言えない。
「砂と木の葉は友好関係にあるとはいえ、風影が木の葉の相談役の家に泊まってもいいのだろうか」
 思った心配事をそのままカンクロウに伝えると
「公務が終わればオレたちは、ただの家族じゃん。婚家に世話になるくらいあるだろう」
と言う。
「そうなのだろうか。でも世間的には……」
 我愛羅は難色を示す。風影と、テマリの弟の天秤をかけてどうするべきかを考えるが、自分には即決できない。
 結局、カンクロウに勧められるままに「泊まる」と決断したのだが、不安が消えたわけではなかった。

*****

 ほろ酔いのカンクロウが、皆を盛り上げる形で花火の話をしながら、奈良の家への道を踏む。
「家と呼んでくれ」
 と義兄のシカマルが言ったから、我愛羅は今向かっている場所を家と呼んでいるが、奈良の、を枕詞につけるのは、シカマルへの遠慮を含めてのことだった。
「バーンってなるのすごかったな!シカダイ!」
「カンクロウおじちゃん、酒臭い」
「シカダイも大人になったら、オレと飲むじゃん!」
 話がめちゃくちゃで、さらに子どものようにはしゃぐ大人のカンクロウを、子どもだけれど、大人と変わらない冷静さをもつシカダイが面倒くさそうにあしらっているのは、ちぐはぐな感じがしておもしろい。それに、あれほど楽しそうにしている兄を見ることは砂では滅多にないことだから、よほどシカダイと居られるのがうれしいのだろう、と我愛羅はテマリの隣で思っていた。
 隣のテマリも二人のやりとりを見て、くすくすと笑っている。我愛羅はちらりと横目で見ると、我愛羅もまた人知れずゆっくりとわかりやすく口角をあげた。
 家路を歩き続けて奈良の家の前の門をくぐると、まだガヤガヤと騒ぎ続けているカンクロウとシカダイが、テマリが鍵を開けた玄関の中へと吸い込まれていく。
 二人が玄関に入って、サンダルを脱いでいるのを見て、テマリは
「おかえり」
と声をかけると、シカダイはすぐに
「ただいま」
いつもどおりであろう返事をする。そして、その隣のカンクロウも
「ただいまじゃん」
 精一杯、声に出して言う。おかえりとただいまの流れに、我愛羅は温かいものが胸に上がってくるのを感じていると、未だに玄関に入らない我愛羅にも
「おかえり」
優しい笑みを浮かべてテマリが言う。

 久しぶりに言うな。

 我愛羅の直近の記憶の中には、カンクロウに知らせたのが最後だ。それも、本人がいないところで。
 二人で暮らす家だから、どちらかがいないということはよくあることだ。けれど、帰ってこない返事に寂寞をおぼえるのが嫌で、言うことをいつの間にか諦めていた。
 我愛羅がしばらく時間を置いてから
「ただいま」
と小さくつぶやくと、満足そうにテマリは笑う。
なんでおじちゃん、困ってんの?
そう言いたげなシカダイには、一連の流れの意味はさっぱり理解できないだろう。そういう世界もあるのだ。

*****

 湯を浴びた我愛羅がカンクロウと代わって、居間に戻ってみれば、先に湯を済ませていたシカダイが2本目であろうアイスキャンデーをガリガリと齧りながら、頬を膨らませていた。

 何か、気に触ることでもあっただろうか。

「どうした、不服そうだな。シカダイ。花火は楽しくなかったか?」
我愛羅が尋ねると、シカダイはさらにわずかに頬を膨らませる。
「父ちゃんのプレゼントすごかったなぁと思って」
 父ちゃんの……つまり、シカマルがテマリに誕生日プレゼントとしての贈り物が、花火と我愛羅たちのことを指しているのは明白だった。たしかに、それ相応の立場に立つものでないとこのようなプレゼントは不可能だ。
 しかし、シカダイは大きな勘違いをしている、と我愛羅は思った。
「シカダイ、プレゼントとは本来、祝ったり感謝だったりといった、心を贈るものだ。物品など関係ない」
我愛羅が実直にそう伝えるが、それでもシカダイは納得した顔をしない。
「でも、気になるんだよなぁ。父ちゃんのプレゼントの方が、母ちゃん喜んでるように見えたし」
 ちゃぶ台にうつ伏せになり、顔を埋めてしまう。ポロリと零した本音は、普段の大人びた言動を感じさせない。テマリやカンクロウに聞かされる限り、シカダイは周りから随分と「大人みたいな子だね」と言われているようだが、態度はどうであれ、シカダイの中身はやはりまだ子どもなのだ。
「てか、母ちゃんプレゼントはもらい慣れてるみたいなこと前に言ってたしなぁ。来年、どうすっかなぁ」
 めんどくせーと天板に向かってつぶやくシカダイのその姿は、やはりではなく、どう見ても年相応な子どもだ。まだシカダイはこういった記念日に贈るべきものとして、高級なもの、珍しいものなど真っ先に頭に浮かぶらしい。
 そうだったらどれだけ楽か、と言いかけたその言葉を我愛羅は、テマリに渡された冷たい麦茶で胃の中へと押し込む。それはテマリに関してだけではない。執務室に積まれているであろう親書の内容を思い出してのことだった。
 贈り物とは誰に対しても細心の注意を払わなければならないものである。それがまだ顔を知らぬ相手のうちならば、風影として責務を果たしている内に見つけたいくつかの選択肢の中から選べばいいのだが、趣味趣向を知り尽くしている人間……家族などは大層、難しい。と、我愛羅は考えていた。
 ただ、好んでいるからという理由だけで贈り物を選ぶのは、押し付けにしかならない。だから、必要としているものを贈りたいのだが気心知れた家族ほど、必要しているものが『卵』といった食料品だったりするのだ。それに、好んでいるものを十二分に理解しているからこそ、何を贈れば良いかわからなくなる。
 だが、それは我愛羅の話である。
 テマリの息子であるシカダイに与えるべき答えとは違うのだ。しかし、その事実は与えるだけではいけない、というのも我愛羅は十二分に理解していた。

自分で考えて、自分なりに答えを見つけ出すべき答えなのだが……。そのために、最適なヒントは何だろうか……。

 我愛羅はしばらく熟考すると一つの結論を出す。
 テマリへの贈り物。ひいては、テマリが一番好きなもの。それは?
 頭の回転が早い義兄のことを脳裏に浮かべながら、目の前のシカダイに伝える。なんとか、たどり着いてくれればと願いながら。
「……シカダイ、実はな。オレが知る限りだが、テマリが泣いて喜んだ贈り物が一つだけあるんだ」
「なにそれ?」
 シカダイは、来年の贈り物が決まらず、イライラしているのか、行儀悪く口の端で食べきったアイスキャンデーの棒を遊ばせながら言う。
「なんだと思う?」
 我愛羅が聞き返すと、シカダイはうぅんと唸り
「……超高級甘栗?」
テマリの好物をあげる。たしかにテマリは婚前のデートの際、シカマル貰った甘栗を「一日一粒しか食べない」と言って大事そうに食べてはいたが……。
「ぶはっ!それじゃあ、テマリが甘栗モンスターみたいじゃん」
 簡単に化粧と汗を落としてきただけであろうカンクロウが、手に麦茶を持って、我愛羅の隣に座り込む。そして、白粉を落ちて露出している素肌をすべる水滴を、肩にかけたタオルで拭いながら言葉を続ける。
「もっと簡単なものだ。このウチん中にあるからな」
 ごくりごくりと喉を動かして、麦茶を一気に飲み干したが、その間、シカダイはうぅんとまた唸る。しかし、答えはそう簡単に見つからないようだ。その姿を見て、カンクロウがくっくっと笑うと、バカにしてるのかとでも言いたげにシカダイはテマリによく似た目元をキリッとあげる。
 しかし、まだ母親ほどの目力は篭っていない。そんな目で見られても、怖がるものはいないだろう。彼の父が、彼と同じ年だったころはわからないが。
「じゃあ、着物?」
「不正解じゃん」
「簪」
「それも違うじゃん」
 立て続けに、自分の答えを否定されたシカダイがむすっとした顔をするのを見て、カンクロウは笑うと、我愛羅にたずねかける。
「我愛羅、正解は?」
 正解を真っ直ぐに伝えてくれないカンクロウに、ギッとシカダイは睨みつけていたが、カンクロウはテマリに睨みつけられているのに慣れたせいか、それとも我愛羅と同じように目に力を感じなかったからか、特に気にする様子がない。

 意地悪なやつだ。

 我愛羅は一言だけ心のなかでつぶやくと続けて、やっぱり、シカダイには難しかったのかと思った。
 父がいて、母がいて、「ただいま」と言ってもらえる環境があって。そうやって世間一般に言われる当たり前が身近にあるとやはり、わからないものなのだろう。テマリが、唯一泣いて喜んだ贈り物とは……。
「自分でたどり着いてほしかったんだがな……」
 我愛羅はそう前置きをすると、一口麦茶を飲み息をおくと、
「お前だよ、シカダイ」
 正解を伝える。
「は?」
 シカダイの目から先ほどの力が抜け、それが口にも広がって、ぽかんと開けられる。先ほどとはうってかわってカンクロウが真剣な面持ちで、シカダイと向き合うと言葉を連ねていく。
「シカダイには、奈良のばあちゃんしかいないだろ?砂のじいちゃんのことは歴史の授業で聞いたかもしれねーけど、オレたちだってそのぐらいのことしか砂のじいちゃんのことは知らないんだ。
おかしいと思うだろ?でも、オレたちにはそれが当たり前だったんだ。砂のじいちゃんも忙しかったしな。それに砂のばあちゃんは我愛羅を産んだ時に死んじまったから、家に帰っても家族と呼べる相手がいたのはオレたち兄弟しかいなかったんだ。
そんな中でもだ。オレはテマリが泣いたところなんて見たことないじゃん。砂のばあちゃんが死んだ時にも泣かなかった。どんなにキツイ修行でも、どんにキツイ任務でも、涙なんて一つも流さなかった。
でもな、シカダイ。お前が産まれた時は違うかった。お産が長かったってのもあるかもしれねーけどそれでも『かわいい』『やっと会えた』って泣いてたんだ。その時、初めてテマリが泣いてるのを見たんじゃん。オレはテマリと、生まれた時から結婚して木の葉に行くまで、ずっと一緒に居たけど、その時だけだ。泣いてるのを見たのは」
 シカダイは突然、テマリの過去と自分が生まれた時の話を聞かされて、ぽかんと口を開ける。まだ生を受けて十一年。おそらく、その間にテマリがどういった家庭で育ったかを聞くことなどなかったのだろう。出産の話を詳しく聞くことも。テマリは自分のことを進んで話すタイプではないから。
「……シカダイ、さっき贈り物は『心を贈る』とオレは言ったな。その心を贈ってくれる相手が、何よりも大切な人だったら、贈り物は何だっていいんだ」
 我愛羅がそう言うと、カンクロウがぷすっと笑いをもらす。十中八九、我愛羅が提案したシカダイの胸像のことを言いたいのだろう。
 ごほん、と我愛羅が咳をして、黙るようにカンクロウに伝えるとさらに言葉を繋げる。
「心からの『おめでとう』を伝えて、一緒に時間を過ごす。それはどんな高級品にも負けない、贅沢な贈り物だ」
 我愛羅が言うと、シカダイはアイスキャンデーの棒を口から取り出して、その場から立ち上がる。居間を出て、トントントンと階段を登る音を響かせた後、すぐに降りてくると、居間には入らず廊下をまっすぐ歩いて、台所へと入っていく。そこはテマリが今、弁当の後片付けを行っている場所。

 近くで成長を見れてよかった。

 我愛羅は満足そうに笑うと、すっかりぬるくなってしまった麦茶を一口飲み込んだ。

*****

 シカダイが自室に戻ると、机の上のミニブーケはぐしゃぐしゃにはなっていたものの、まだシャンとしていた。たまたま冷房をつけたままにしていた部屋が、ショーケースのようにミニブーケを守ってくれていたのだ。
 シカダイは躊躇いなく、ミニブーケを取り上げると、背中に隠して階段を降りていった。そして、台所に入っていくと、湯上りのテマリが薄い板を片手に何かをポチポチと打っている最中だった。
 しかし、シカダイがいるのを見ると、そちらへ視線を向ける。
「どうしたんだ?」
 コトンと携帯を机の上に置いて、完全にシカダイの方を見るテマリに、シカダイは胸の鼓動が大きくなるのを感じた。

 なんで母ちゃんにプレゼント渡すだけなのに、こんなに緊張してんだ?

 けれど、今はその答えを探す時ではない。シカダイはゆっくりとテマリの方へと近づくとミニブーケを目の前に突き出した。
「母ちゃん、これ」
 朝、いのじんに渡して貰った時は綺麗だったミニブーケは、自分が乱雑に扱ってしまったばかりに、ぐちゃぐちゃになってしまっている。
 今日、テマリが貰ったプレゼントの中でも一番、安くて、見た目が良くないものだろう。それは、はっきりと自覚はできていた。しかし、一方で不確かな自信もあった。
 突然のことに、目を丸くしたテマリが
「どうしたんだい?」
シカダイに聞く。
「誕生日プレゼント。母ちゃん、おめでとう」
 シカダイは顔を赤くして、テマリにミニブーケを押し付けた。手の震えが止まらず、ミニブーケにも伝わって、ガーデニアといのじんが呼んでいた花が揺れている。
 テマリはそれを「こわがらなくていい」とでも言いたげに、両手でやんわりと包んで受け取ると、すぐにすぅと、花束の匂いをかぐ。
「ありがとう。シカダイ」
 やんわりと目元と口元を緩ませて微笑んだ。
「早く花瓶に刺してやらなきゃ」
 椅子から立ち上がろうとするテマリに、シカダイは
「母ちゃん!」
 呼び止めたがいいが「あー……えー……」と口ごもってしまう。
 言いたいことはたくさんあった。いのじんに教えて貰った花言葉だとか、毎日ありがとう、だとか。きっと後で思い出して恥ずかしくなってしまうのだろうが、産んでくれてありがとう、とも。
 けれど、そんな言葉をテマリが楽しみにしているとは思っていなかった。
「なんつーか。来年も、祝わせてくれよ。下忍になれたら、もうちょい大きなヤツ渡すから」
「そうか。来年も楽しみだな!」
 シカダイがはじき出した言葉に、さっき見た花火にような弾ける笑顔をしたテマリを見て、シカダイはやっとテマリの誕生日が始まったのだと実感した。

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