家を出る間際に、テマリが台所から抱えてきたのは特大の風呂敷だった。それを見て、シカマルは
「いーよ。オレが持つ」
と言って、自分で持って行こうとするテマリから、重箱を軽々と取り上げてしまう。
「荷物の運搬は、男の仕事だ」
そう、さらりと言い放って、玄関に揃えて置いてあった下駄をパッと履いて外に出る。そして、外から二人も早く外に出るように促してくる。シカダイもテマリと一緒に、足の指に鼻緒をひっかけると外に出て行く。テマリが玄関の鍵を閉めるのを見届けて、三人揃って家の門をくぐると、夜店が立ち並ぶ通りへと足を伸ばすことになった。
夜店がポツポツとで始めた場所から続く奥を見ると、通りはどこもかしこも人だらけで、あっちの路地からそっちの路地へと人が流れていく。夜店も似たようなものが多くて、どこに立っているのかわからなくなりそうだ。
「手を繋ぐか?」
テマリがシカダイに言うと、もちろんシカダイは嫌がった。この歳で、母ちゃんと手をつないで歩けるわけがない。
「バラバラでいーじゃん」
シカダイが提案すると、
「着いてからがめんどくせーんだよ」
シカマルが却下する。そして、なんとか妥協点を見出して、シカダイは「絶対にはぐれない」とテマリと約束をして、テマリとシカマルの一歩後ろを歩いていた。
たくさんの夜店が並んでいたが、興味をそそるものはなく、一切目を向けず、揃いの髪型をしている二人の頭部を見つめていた。
母ちゃんの簪どこだ?さっき刺してたよな?
テマリの頭には今朝、シカマルがプレゼントしたという簪が刺さっているはずなのだが、それが一向に見つからない。シカマルの髪を結い上げるには使った簪は、数年前にシカマルがテマリにプレゼントした鹿の角で作った特製のものだったから、シカマルの黒髪の中でもかなり目立っているのだが。
しかし、夜店からこぼれる電灯の光を受けると、キラリとテマリの髪の中で何かが三つ光る。それが紫色の石らしいというのはわかる。が、遠くから見ているため、詳しい形などはわからない。
父ちゃん、何をあげたんだ?
シカダイがうぅむと唸ったその時、傍から歩いてきた男にぶつかって尻餅をつく。早く立ち上がって、父母の後ろをまた歩いていこうとしたのだが、どこにも松葉色の二つの背は見当たらない。嫌な予感がする。
まさかはぐれた?
少し焦りは感じたが、目的地がわかっている分、冷静さがまだ残っていた。火影邸って言っていたから、とりあえずそっちの方に行けばいいだけの話だ。道中で、両親と会えるだろう。
シカダイは二人を探すことを諦めて歩を進めようとするが、あっちやこっちからくる自分よりも背の高い大人に囲まれて、前が全然見えず方向が定められない。
そのまま人ごみに流されて、来た道を戻されるような形になった時、初めて「これはまずい」と実感した。
屋根に飛び上がって、そのまま移動するにしても人に押されて、足場が安定しないため、地面を強く蹴ることが叶わない。せめて、どこかでまだ人通りが少ないであろう道の端に出てくれればと祈りながら、通行の妨げにならないように周りの大人たちと道を歩いていると、ふいに肩を掴まれる。
「シカダイ!!大丈夫か?!」
掴んだのはシカマルだった。シカマルの後ろではテマリが息を切らしている。
「急にいなくなるから、心配したんだよ」
テマリはシカダイの手を掴むとぎゅうと握り、
「火影邸まで離れないように繋いでおくからね」
きつくそう言いつける。シカダイは一瞬「恥ずかしいからやめてくれ」と言おうとしたのだが、素直にこくんとうなづいておいた。約束を破ったのは自分だ。それに、気恥ずかしさは確かにあるのだが、手から伝わるテマリの温度に安心した自分がいることも見過ごせなかった。
「シカダイも見つかったし、行くか」
シカマルが安堵の表情を浮かべてテマリに言うと、テマリは静かに首を縦にふる。
テマリとシカマルの間に立って歩くのは、恥ずかしい。三人で並んで歩くなんて、いつぶりだろう。しかも、テマリと手をつないで。
「シカダイ、気をつけろ。人が多いから、すぐにはぐれちまう」
シカマルはシカダイの側に寄ると、テマリの方へと押し付ける。三人で横一列にぎゅっとなって歩いていると、すれ違った人ごみの中にいた女の子と目があった。アカデミーの生徒だ。しかも「一緒に祭に行きませんか」と誘ってきた。
やばいとこ見られちまったかな。
シカダイはそう思ったが、まぁそれでもいいかとすぐに結論を出す。別に他の女子ではなく、宣言通り家族と歩いているだけなのだから。
「もう少し人通りが少ない道を選ぶべきだったかなァ」
「でも、シカダイに祭を見せてやりたかったんだろう?」
「そりゃあそうだけど、無理強いさせんのは良くなかったか」
とシカダイの頭上で話をしている二人の話を聞きながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
シカマルに連れられて火影邸の裏口につくと、関係者しか入れないせいか通りの喧騒はなく、人がまばらにいる程度だった。
シカマルはドアを開けて、中に入るように言うとズカズカと通路を進んでいく。それに着いていく途中で、シカダイがテマリと繋いでいた手の力をぬくと、するりと抜け落ちた。
狭い階段を登っている途中で、シカマルが
「屋上にチョウジが見えたから、多分上はえらいことになってんぞ」
とぼやくと、テマリは嬉しそうに笑う。
「そうか。ということは、カルイももう来てるんだな」
テマリは声を弾ませるが、シカマルは渋い顔をする。
「今、誰が護衛してんだ?どうせ。カンクロウは飲んでんだろうしなァ」
小さくシカダイにしか聞こえないようにつぶやく。けれど、耳ざといテマリにももちろん届いているわけで。
「護衛が誰もいない、だと?」
テマリが声を荒げる。火影にも風影にも護衛がつかない時なんてあるのだろうか。シカダイはふと考えたが、おそらくそんなことないだろう。
「まぁ、チョウジがいるならサイもいるんじゃねぇかな。二人とも酒は飲まないし、もし何かあっても十分二人なら戦える」
シカマルが、そうであってくれと願いながら言ってるのは、シカダイにもわかる。
なにせ、屋上で起こっていることは前代未聞のことなのだ。風影が護衛なしで他里の忍と一緒にいるなんて。
「そうだが、やっぱり、カンクロウ……」
テマリが特大のため息をつく。
カンクロウおじちゃんは少し調子に乗りやすいところがあるから、昼間にあれほど注意しろと言っていたのか?だけど、そこがいいんじゃないか。
とシカダイは思うのだが、それを言えば「カンクロウみたいにはなるなよ」とテマリに言われるのがオチだ。シカダイはぐっと口をつぐんで、シカマルが開いてくれた、屋上へと続く、屋根のついたゆるいスロープへのドアをくぐる。眼下に広がる人の群れに「めんどくせー」と口の中で言うと、三人一緒になって坂を上がっていった。
ゆるい坂を上りきると、円形の開かれた屋上へと出た。アーチをくぐって中に入ると
「シカマル!待ってたってばよ!」
入ってすぐのベンチに座ったナルトが、我愛羅の肩越しに目ざとくシカマルを見つけると、声をかける。それから、おいでおいで、と手を振ってシカマルを呼び寄せると、紙コップを差し出しながら、
「我愛羅が、シカマルにめちゃくちゃ感謝してるってよ!」
嬉しそうに先ほどまで話していたであろうことを、シカマルに伝える。
「あぁ、とても楽しい。誘ってくれて、ありがとう」
我愛羅が淡々とした声で感謝を表すと
「そりゃあどうも」
シカマルは肩をすくめた。そして、立ったまま、ナルトから紙コップを受け取ると、すぐにそれを飲む。
三人が和やかに会話をし始めたその手前で、護衛についているはずのカンクロウは、キバと肩を組んで、一昔前に流行ったドラマのテーマソングを歌っていた。その顔の赤さと、二人の周りに散らばっている缶の多さから相当飲んでいるらしい。
これ、母ちゃんキレるんじゃないか?
シカダイは、カンクロウが風遁で切り刻まれてしまうのではないか、と心配をしている横で、テマリはちょうど声をかけられていた。
「あー!テマリさん、来た来た!待ってたんですよ!」
シカダイが向いている方向とは正反から声が聞こえてくる重箱が並んだ長机の場所から、いのが呼んだのだ。
「時間に間に合っただろうか?」
テマリが心配そうにたずねると、サクラが
「余裕ですよ、余裕!みんな、さっき来たとこですし。それより、テマリさん、お誕生日おめでとうございっます!ママたちだけで、お祝いしましょ!」
重箱の影から、派手なケーキボックスをちらつかせる。
「花火見ながら食べようぜ!チョウチョウとチョウジに手をつけないように言ってあるから、大丈夫だ」
カルイも軽々しく背中を押す。
「みんな、ありがとう」
テマリが口元に皺を作りながら笑うのをみて、シカダイはその場から逃げるように敷かれているブルーシートの最前列にいるであろう、いのじんの元へと急いだ。
いのじんは最前列の真ん中の方でニコニコとしながら、隣に座っているボルトとひまわりの会話に相槌を打っていた。
その背中に、シカダイが
「よぉ。朝はありがとうな」
そう言いながら、いのじんの代わりに端っこをぶんどる。
「うまいこと渡せた?」
ボルトに向けていた笑顔をいのじんは、シカダイに向けると「詳しく話せ」と言ってくる。
なんて答えるかなぁ。
まだ渡せていない言い訳を考えたけれど、時間を置いて返事することは都合が悪くなることはわかりきっている。
「あーうん」
シカダイが一呼吸おいてから誤魔化すと、いのじんは「ふぅーん」と意味ありげにいのじんは息を吐く。それから、じろじろとシカダイを見ると
「ちゃんと渡しなよ。ボクの早起きが無駄になるだろ」
にっこりと笑いながら言う。視線を合わさないようい、いのじんの向こう側でひまわりの汚れた口を拭いてやってるボルトを見ながら、
「わーってるって」
シカダイが、渋い顔をしていのじんに返事をすると「ちゃんとこっちを見て!」といのじんが怒る。
めんどくせーことになった……。サラダの方に行けばよかったか?話すことねーけど。
うしろ首を撫でながら、いのじんをやり過ごす。
猪鹿蝶の修行に積極的に参加しないことも含めて怒られていると、
「シカダイ、食べな。水茄子の味噌炒め好きだろう?」
背後からテマリが、茶色い炒め物と、さっきシカダイが焼いた串焼きが載った紙皿を、使い捨ての箸と一緒に差し出す。
「さんきゅー」
シカダイはテマリからセットを受け取り、いのじんとの間に紙皿を置くと、砂肝の串を一本取り上げて、すぐにかぶりつく。
そこにチョウチョウが両手に持った紙皿いっぱいに盛ってやってくる。
「あっ!!シカダイのママ!!誕生日おめでとう!!ママが教えたっていうコロッケ、ママより超おいしかった!!」
おめでとう。
シカダイが今、一番聞きたくない言葉だった。テマリに見えないように顔を歪ませる。
「ありがとう、チョウチョウ。コロッケ、まだあるから食べなよ」
テマリは柔らかく言うと、チョウチョウのために席を譲る。チョウチョウはドカッと音を立てながらブルーシートの上に座ると、すでに先端が汚れているわりばしで紙皿の上の山を高速で崩していった。
「掃除機かよ。デブ」
いのじんがその様子を見て、チョウチョウに言うと、
「いのじんのママのヘルシー料理も、サラダのママの家庭的な味も、シカダイのママのワイルドな感じもここでしか食べれないんだから、仕方ないじゃん」
シカダイが焼いた砂肝の串焼きを飲み込んでしまう。そして、一本まるまる綺麗に食べ尽くすと
「シカダイのママ、今日、とっても綺麗だよね」
シカダイにそう言って、シカダイに同意を求める。
女って、いないとこでも褒めてやらねーといけねーの?めんどくせー。
「あー?そうか?」
自分の好物である水茄子、の味噌炒めが正解だったのかとシカダイは思いながら、口の中に含んでモグモグと咀嚼する。味噌の焼かれた香ばしい風味を味わいながら水茄子の柔らかい食感を楽しむと、シカダイはそれを飲み込む。
隣のいのじんはシカダイの皿に手が伸ばすと、サッと炒め物を失敬していき、同じように口の中にしまいこんでしまった。
こいつ、俺の好物だと知ってるはずなのに。
シカダイが恨めしそうにいのじんをみると、いのじんはそんな視線を全く気にせずに
「認めなよ。うちの父さんみたいな、素直が一番大事だって。すごい、綺麗じゃん」
ついでに、おめでとうも言っちゃいなよと背中を押すようにシカダイに言う。
「自分の親に言えるか?そんなこと」
シカダイは、いのじんの皿の上から炒め物の代わりに、カプレーゼだったであろう、オリーブオイルのかかったチーズを盗むと、口の中に放り込む。
「それ、僕の好物だって知ってるじゃん」
「さっきオレの水茄子食ったろ。おあいこだ」
シカダイが、もちゃもちゃと口の中でチーズを噛みながら言ったその時、キャーと料理が並んだ長机から悲鳴があがった。
なにごとかと、三人が一斉に振り返るとテマリを中心に、いのやサクラに囲まれて話をしているだけで、特に異変などない。
「えー!!本当にこの反物を、あのモノグサなシカマルがくれたんですか?!家族お揃いで?!」
いのが悲鳴混じりに叫ぶと、我愛羅やナルトと一緒に何かを話していたシカマルが顔をしかめる。
「ありえない、ありえない!!その簪を選ぶセンス、あいつにはありませんって!!影武者じゃないですか?!」
サクラも、信じられないといった風に叫ぶと
「オレが選んで悪りぃか」
不機嫌を隠さないシカマルがベンチから、返事をする。
「シカマル!!私、『浴衣』をあげろって言ったのよ?なんで『反物』なのよ」
いのが怒りを露わにしてシカマルに言うと、
「色々あんだよ」
吐き捨てるようにシカマルは言って、紙コップをあおる。そこにテマリが
「私が毎年、おかあさんと浴衣を作るのを楽しいにしてるからだ」
どうどうと、言わんばかりにいのやサクラを落ち着かせる。
「楽したい、とかないんですか?」
いのがテマリに聞くと
「うーん。毎年のことだから、慣れてしまってるんだ。おかあさんと生地から準備するのは勉強になるしな。シカダイの成長もわかるし」
ふんわりとテマリが笑うと、いのもサクラもテマリさんが言うなら仕方ないか、という風に納得をする。
「ぶはっ。アンタも丸くなったな」
カルイが吹き出して笑うと、たしかにとそうだよねと背後のチョウジがスパイスまみれの骨つき肉をかじりながら援護をする。
「たいけ」
とカンクロウの隣でサイが言いかけたのを、すごい形相のいのが走って行って、口を覆って止めさせる。それから
「隊形を組んでいた時と比べてね!」
とっさにフォローをすると、キッとサイを睨みつけた。サイが何かをやらかさないかハラハラしていたのか、シカダイの隣でいのじんは気を抜いて、はーっと息を吐く。
その瞬間、シカマルの目の前に座っていた我愛羅が
「良いことじゃないか、姉さん。オレは姉さんが楽しく、木の葉で暮らしていることが知れて安心したよ」
と漏らす。
「我愛羅……」
テマリが何かを言いたそうに我愛羅を見つめていたその間に、強烈な音が響きわたり、空に火花を散らし始めた。
「花火大会が始まったってばよー!たーまやー!」
雰囲気を変えるためにか、ナルトが空を指差して大きな声で叫ぶ。それを聞いた、最前列のひまわりが真似をして
「たーまやー!」
と叫ぶと、子どもたちの後ろに座っている大人たちも口々に、花火が打ち上がるたびに叫びはじめた。
「かーぎやー!」
「「ガイ先生ー!!」」
「たーまやー!」
「せーの「はーなやー!!」」
子どもたちに負けない声で叫ぶ大人たちを見て、一層大きな声でナルトが
「我愛羅、もっと前で見ようぜ!」
我愛羅の手を引き、足元に寝転んでいる護衛の酔っ払いたちなど気にせずに、前へ進んで行く。
「いくってばよー!せーの!」
「「「「「たーまやー!!!!」」」」」
「たーまやー?」
子どもたちと一緒に叫ぶ火影と、ワンテンポ遅れる風影にどこかおかしく感じる。
シカダイはその様子を黙って見ていたのだが、それをテマリはどう思っているのかと思い、あたりを見回してテマリを探すが、どの大人の群れにも両親の姿が見えない。
シカダイが花火を見ることを放棄して、背後の大人たちの隙間をぬい、両親を探して見つけると、二人はいつの間にか人がきから離れた出入り口の前に寄り添って立っていた。
見てはいけないものを見てしまったのではないかと思ったのは、シカマルの優しい目線が隣にいるテマリの横顔に向いていたからだ。しかし、シカダイが救われたと思ったのは、見つめられているテマリは、シカマルの視線に気づいていないと言わんばかりに花火に集中していることだった。
ドンとシカダイの背後で音が鳴ると、テマリの顔に色を灯す。テマリの帯がその色をすくい上げて、一瞬、一瞬違う原色をまとう。暗闇に紛れ込みやすい浴衣を着ていたから、余計色が際立っていた。
声をあげているわけではないが、優しく微笑みながら母の姿を見ると、
「楓の花言葉は『大切な思い出』」
と朝、帯をプレゼントしたヨシノが言っていた言葉を思い出す。
「前に会ったのはいつだっけ?」と会話するほど滅多に会えない兄弟がいて、たくさんの人に祝わってもらえて、それは立派に『大切な思い出』と言えるんじゃないだろうか?
シカダイが「おめでとう」と言わなくても、十分なのではないか?
ぎゅっと胸が締め付けられる。シカダイは両親の方を見るのをやめると、前を向いて真っ暗な空を見つめる。
考えを整理すればするほど、自信がなくなってしまう。素晴らしいとは言えないだろうプレゼントができない自分が「おめでとう」と言ったところで本当に、母に喜んでもらえるか。
ヒューと上がっていく大玉の花火が空に溶ける前に、シカダイは大きなため息をつくと周りと同じように
「たーまやー!!」
吐き出せない気持ちをのせて、空に向かって叫んだ。