ゴム毬と影

 砂からぽてりと落としたゴム毬の行方を、オレは見なかった。理解をしてくれる人がいなくなったことがこんなにも苦しいだなんて思わなかった。オレにまとわりつくものは全てを奪っていった。
 しかし過去を精算して振り返ってみれば、そんなことはなかった。
 理解をしようとしてくれる人がいた。助けてくれる人がいた。
 あの日、転がしたゴム毬も、砂でボロボロになった人形も、ずっと手を差し伸べてくれていた。
 オレたちはただ、不器用なだけだった。
「姉さん、結婚おめでとう」
 オレが簡単な言葉を述べると、テマリはにっこりと笑って「ありがとう」と小さく返してくれた。
「花嫁衣装もよく似合ってる」
 純白の衣装を褒めると、カンクロウが横槍をいれる。
「唇はもうちょと濃い方が似合ってるじゃん?」
 そう言って鏡台に置かれていた化粧道具を手に取ると、テマリの唇により深い紅をのせていく。
 あの日、地面の上に転がしたゴム毬が影と繋がっていたかどうか、そんなことは忘れてしまった。ただ、こんな未来を暗示していたのかと考えると考え深いものがある。しかし、大切な姉の門出を祝うには、取るに足らない記憶だ。

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